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「これは、解除できません」
せっかくダスティン様が急いで僕を神殿に連れてきてくださったのに、年配の白髪の神官長様が深刻な顔でそう結論付けた。
「これは条件が達成しない限り解除できない魔法です」
「条件、ですか?」
僕達が到着してしばらくして後からやって来た白衣の神官様、ハイン様が神官長様に尋ねる。
「その条件は私どもにはわかりませんが、かかっている魔法は命には関わりなく、声のみを封じています」
それを聞いてほっとした。呪い、とか言うから死んじゃうのかなってちょっと不安だったんだ。
「なぜアンデリクがアデーレ様にこんな呪いをかけたのかはわかりません」
何故、っていうことが分かっている僕には、呪いへの不安はなくなった。
いまだ不安なのは、アデーレさんじゃないことがばれていないこと。
いくらなんでも僕が男だって、皆わかってるはずだよね?
なんで誰もアデーレさんじゃない、って疑わないんだろう?
「風の精霊王の指輪がなければ、アデーレ様を見つけることができなかったからな。大事にしていただいてて良かった」
僕の小指にちょこんと存在を示している指輪。これって、風の精霊王の指輪、だったんだ。
指輪が一時的に僕の加護をしてくれていたから、僕はあの森を抜けることができたんだと納得した。
こうして、僕エミリオ・ボーゼはアデーレ・ゼーネフェルダーに成り代わったのだった。
第二近衛隊副隊長であるダスティン様が言うにはアデーレさんは、『予見の瞳』を持ち風の精霊王と契約した「風帝」と呼ばれる第二近衛隊隊長、ルーベルト・ゲーテ様の婚約者。今回は風の神殿で行われる婚約の儀のためにアデーレさん(来たのは僕だけど)を第二近衛隊の方々が連れてきた、らしい。ルーベルト様は水の神殿の用で出張中、風の神殿にやって来るのは一週間後。儀式までの間、『アデーレ様』は風の神殿で待つようにとルーベルト様から指示があったようだ。
僕のいる国では精霊と契約して魔術師となる。高貴な精霊と契約すれば、高度な魔術が使えるようになる。ところが、精霊は高貴であればあるほど契約者の伴侶にも口うるさくなる。
ルーベルト様は風の精霊王と契約した方だけれど、『精霊王』が契約するのはとても珍しいことで、契約が周知されたときは相当な騒動が沸き起こったらしい。
半年ほど前、ルーベルト様に予見があった。
風の精霊王が気に入った人間に指輪を贈ったので、その指輪の持ち主をルーベルト様の伴侶とするように、という『予見』が。
いま、僕が左の小指に着けているこの指輪が、その『風の精霊王の指輪』だったわけだ。
そうして国中で精霊王の指輪の捜索がされ、アデーレさんが指輪を持っているとわかり、ルーベルト様とアデーレさんが婚約することがトントン拍子に決まったそうだ。
アデーレさんは火の神殿に務めていた巫女様で、幼少より神殿から一歩も出たことがなかったらしい。近衛隊の方々がアデーレさんをお迎えに火の神殿に行ったのだけれど、アデーレさんは厚いベールとローブで顔と全身を隠した姿で馬車に乗ったようだ。
だから、近衛隊の人は誰一人、馬車から忽然と姿を消したアデーレさんの容姿を知らなかった。ただ、指輪から出る精霊王の魔力を追って僕を見つけだした。精霊は人と違い、男女関係なく気に入るから、僕が男でもアデーレさんと思われたのも無理はない。
風帝様、ルーベルト様って一体どんな方だろう?
ダスティン様に聞いてみたけれど
「精悍で男前で俺様」
どこか遠い眼をして言われた。ハイン様は
「赤毛で強面の顔立ちで『風帝』と呼ばれるに相応しいかた」
恐々と教えてくれた。どちらもイメージ難しくて、会える日が少し怖くて少し楽しみにしていた。
首に着いていた魔法具により声が封じられてから、ここ、風の神殿に来て3日が過ぎた。
ところが今日、火の神殿からアデーレさんの様子伺いに、神官たちがやって来た。アデーレさんの顔を知っている火の神官たちが。
そしてとうとう僕がアデーレさんではないとバレてしまった。
お前は誰なんだと糾弾されている最中に、今まで何をしても外れることのなかったネックレスがポロリと外れた。
外れた、ということは条件は達成したわけだ。
達成条件は、僕がアデーレさんじゃないと『言われる』ことだったのかもしれない。
「アデーレ様じゃなかったのかっ!」
さっきまで仲良くしていたはずの人たちが、僕から離れていく。
ダスティン様も、ハイン様も、神官長様も。
醜い物を見るような、汚いものを見つけたような目で僕を見ながら。
「すみません」
魔法具(ネックレス)が解除されて、ようやく出た僕の声。
我ながら今まで良くばれなかったな、と思う。
僕が成り代わったアデーレさんは、本当に『可憐』な『女性』だったから。
「ずっと、俺たちを騙していたんだな」
僕の首に切っ先の鋭いサーベルを突き付け、ダスティン様が言った。
殺意を含んだ瞳を僕に向けて。
「すみません」
項垂れて謝るしかない。
アデーレさんたちには「監禁はあっても殺されることはない」と言われていたけれど、やはり違ったようだ。
ただ、僕も命を無くすことも一応は覚悟の上で成り代わったから、今更足掻くつもりはない。
ひたすら、申し訳なかったと思うばかりだ。
「すみません、でした」
謝罪の言葉しか言えない。余計な言い訳をするつもりはない。する必要もない。すべては彼らが僕を責めている事実、それは全て本当のことだから。
「お前は誰だ?」
神官長が僕に尋ねた。僕に対する罪を宣告するために、僕の真名を知る必要があるためだろう。
「僕はエミリオ・ボーゼです。五年前、水の神殿から追放された神官見習いです」
田舎で暮らしていたころから精霊と会話ができていた僕は、十歳になると同時に水の神殿に仕えた。
その後も精霊との契約はできていなかったけれど、精霊たちとの仲は良かったはずだ。だって、彼ら、彼女らはいつも僕に声を掛けてきてくれていたから。
『おはよう』
『いいてんきね』
『きょうもいいいちにちであるように』
『おひるにあそぼう』
他の人や神官には聞こえてなかったようだけど、会話をするくらいは仲が良かった。
そんなある日、精霊たちの言葉が一つだけになった。
『あのこ、たすけて』
と。日々同じ言葉だけを繰り返す精霊たちの声に、僕の好奇心と信仰心が抑えきれず、導かれるまま救いの手を求める場所へ向かった。
今は不在の神官長以外、入室が禁忌とされている封印の間。
扉の前に立つと封印が解けて勝手に扉が開いた。
そこにいたのは幼い少女。大きな瞳から大粒の涙を溢しながら、僕を見ていた。そして言った。
「お願い、助けて。こんなところに一人は嫌。わたしを自由にして」
精霊たちが助けてほしいと言っているのは、彼女のことだとすぐに分かった。そして僕は素直に助けたいと思った。こんな幼い少女が、こんなところに一人閉じ込められているなんて。
だから僕は迷うことなく彼女を狭い部屋から連れ出した。二人で逃げることにした。
けれど、僕は神殿を出ることなく捕まった。
ただ、少女の姿は消えていた。僕を責めたてる神官たちの言葉から、彼女は精霊たちに護られてうまく逃げれたのだとわかった。
僕は神殿の庭に引きずり出され、激高し怒りの表情の神官たちから一方的に暴行を受けた。
「お前がしでかしたことを、身をもって知るが良い。なんと罪深いことをしたのかを!」
と言われながら。
水の精霊王は『殺生は禁忌』としているから、僕は殺されることはなかった。
ただ、負傷したまま陰影の森の中へ追放された。僕の足が変形しているのは、その時の暴行のせい。
精霊たちとの話は森に入ってからはできなくなった。森の中に精霊は入れないらしく、『加護』のみが有効だったようだ。
なんにせよ、神官見習いだったけれど回復魔法が使えない僕は、自然に傷が治るのを待つしかなかった。 生まれ育ちは田舎の森の傍だったから、森の生活には慣れている。生きていく手段は知っていた。
それからアデーレさんたちに出会うまでの五年間、僕は陰影の森の中で過ごし、食べ、寝て、ただ生きていた。時々、田舎の幼なじみと大好きだった馬と過ごした日々を思い出しながら。
「五年前だと!? お前が水の神殿から追放されたあの神官見習いか。今の水の神殿の有り様を考えると、よほど罪深いことをしたに違いない」
神官長様が苦い顔で溜息を吐かれた。五年前、水の神殿の神官たちにも口をそろえて同じことを言われたっけ。
でも、僕はそうは思っていない。精霊たちが助けを求めていた彼女を助けられたのだ。あんな小さな少女を閉じ込め、孤独にさせている方が信じられない。
水の神殿の現状はハイン様から聞いている。
神官長がいなかったから、元々水の神殿は荒れていた。僕が追放された後、その荒れ具合は更に悪化の一途をたどり、今では神官も数名だけ。『水の神殿は精霊王に見放された神殿』、と呼ばれているらしい。
その水の神殿は、風の精霊王と契約している『風帝(ルーベルト) 様』が神官長代行をし、管理していると言っていた。
「アデーレ様はアンデリクと逃げたということだな。もう3日も経っている。かの国に逃げたアデーレ様を見つけ出すのは不可能だろう」
ハイン様が苦渋の表情で呟く。続いてダスティン様が僕に問いかけた。
「お前はアンデリクが誰なのかを知っているのか?」
無言で首を横に振った。
あの短い時間でそれを聞く余裕はなかったし、興味もなかった。
「隣国の下位の精霊と契約している一介の魔術師だ」
火の精霊たちに愛されて神殿に仕えている巫女と、下位の魔術師。二人の駆け落ちは命懸けだったんだ。こんな僕に身代わりを頼むぐらい、必死に逃げていたんだ。捕まったら永遠の別れになるだろうから。
「神官を務めていたならわかるであろう。お前のような、神殿を追放された立場の者がアデーレ様を逃がし、我らを騙したことがどれほどの罪か」
神官長の静かな声が、神殿内に響く。
水の精霊王と違って、風の精霊王は癒しもするけれど殺生も辞さない。それに仕える神殿も精霊王に倣っている。
神殿を追放された穢れた人間が、風の精霊王と契約している魔術師の番を逃がした。
しかも、彼女に成り代わって関わる人間を騙そうとした。
だから、今回の僕の罪は、命を持って償うしかない。
「わかっています」
僕は髪をかき分け首を晒し出した。
ダスティンの持つ剣が、惑うことなく僕の首を撥ねれるように。
僕の覚悟を、見て理解した神官長により、僕への罪状が告げられる。
「ここに宣言する。汝、エミリオ・ボーゼは風の神殿に於いて、己を火の巫女と称して皆を騙し、風の精霊王との契約者ルーベルト・ゲーテの番を逃がした罪により…」
「お前ら、俺の嫁に何してやがる」
神殿内に響き渡る低い声。
「嫁は丁重に扱えって言ったよなぁ?」
「隊長!?」
僕の首に触れていた冷たい感触が離れた。
ダスティン様が声の主をみて一歩後ずさり、その人に向かって反論する。
「しかし、この者はアデーレ様では…」
「あー? アデーレって誰だ?」
カツンカツン、と神殿の床が鳴る。隊長様…ルーベルト様がこちらに向かって歩いてきているのだろう。
恐れ多くて顔を上げることができない。
「アデーレ様は精霊のリングをお持ちだった火の神殿の巫女です。この者はリングを奪い、アデーレ様に成り済まし…」
「おい、ダスティン。俺の予見は『火の神殿の巫女を嫁に』じゃなかったよなぁ?」
「は、い。 しかし…」
「俺の『予見』を正確に言ってみろ」
ルーベルト様の言葉にダスティン様が息を飲んで一瞬怯んだのがわかった。
「―――『風の精霊王が贈った指輪をはめて神殿に来る者が、ルーベルト・ゲーテの番(つがい)となる』です」
「だったら、そいつが俺の番だろーが」
「な、何をおっしゃいますか! アデーレが指輪の持ち主である以上、アデーレが番で…」
火の神官たちがルーベルト様に詰め寄ったようだけれど、ヒッと息を漏らした後一斉に口を噤んだ。
「るっせーよ。何度も言わせんな。『指輪をはめて神殿に来る者が』って今言っただろ?」
姿を見ていないから声しかわからない僕でも、身体が震えるくらい彼の声は怖い。きっと表情もそれに似たようなもの、なのだろう。
「お前が、それ、はめて来たんだよな?」
「は、い」
目の前に立つ、男。足しか見えないけれど、大きくて逞しい足だ。
「顔を上げろ」
ゴクリ、と音を鳴らして唾を飲む。
本当に顔を上げていいのだろうか。上げた瞬間に、彼の手によって僕の命はなくなるのだろうか。
「顔を上げろ」
再度言われ、覚悟を決めた。
おそるおそる顔を上げ、ルーベルト様と視線を交えた。
『精悍で男前で俺様』
『赤毛で強面の顔立ちで『風帝』と呼ばれるに相応しいかた』
そう聞いていた通り、短髪の赤毛、真っ直ぐな太い眉は意志の強さを表し、瞳の強さも己への自信を含ませている。それから、彼から発せられる圧倒的な威圧感。身体も声も震えてしまう。目を奪われ、逸らすことができない。
「風帝、様?」
「ルーベルトだ」
僕を舐めるように見ながら、風帝様はニヤリと口端を上げて笑んだ。
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