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変わりゆく10
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すぐに検査をしても正しい結果が出ないので、陰性か陽性かわかったのは2月上旬のことだった。
朝出勤して、警備員室を覗く。かーくんは何かわからないけど書き物をしていた。日誌か何かだろうか。
まだ出勤してくる職員はほとんど居ないので、かーくんにある事を訊くために警備員室の扉をノックした。
「どうぞ」の声を聞いて、そっと扉を開ける。部屋の中はすでに暖かかった。
「おはようございます。……あのっ」
「バレンタインのことですか? チョコレートなら嫌いです」
ボクが用件を口にする前に、かーくんは日誌に目を落としながらピシャリと言う。
「バレンタインのことだとはまだ言ってません」
「昨日“例のあの人”が訊きに来たので、てっきりそうかと。違うんですか?」
かーくんが有名なファンタジー小説に出てくる悪役のように称しているのは、この学校でボクより唯一若い女性教諭。
昨年の春、かーくんが赴任した時から猛アプローチをしているものの相手にされず、それでも尚しつこいので、ついにはそんな呼び方をされている。
ちなみに、こんなガラの悪い学校に採用されるくらいだから、見た目は……、なんと言えばいいのか、控えめに言ってグレムリンのようだ。
かーくん曰く、“生まれ変わってから出直してこい”。案外かーくんはプライベートでは口が悪い。
「いえ、バレンタインのことで合ってます。チョコレート、お嫌いなんですね……」
「甘いものが全般的に。唐揚げは好きですけど」
「それは知ってます」
お返しはくれないだろうけど、受け取ってはくれると思っていたので、朝から気分が重くなった。可愛らしくない男物のスポーツシューズのつま先に視線を落とす。
あげて喜んでもらいたいというよりは、ただあげたかったんだ。中学生や高校生の時に諦めたバレンタインという行事に参加したかった。もし、受け取ってもらえるなら。
カチッとペン先が引っ込む音がした。顔を上げると、今にもため息を吐きそうなくらい呆れ果てた顔のかーくんが目に入る。
「唐揚げ作って欲しいって意味なんですけど。バレンタインに」
「ふへっ?」
口から変な声が洩れた。バレンタインに唐揚げ? へんてこりんだけど、かーくんらしいかもしれない。
――どうやらボクはバレンタインという行事に参加できるようだ。
きっとバレンタイン牧師は、自分の命日に遠く離れた異国の地で唐揚げが作られていることなど予想できないだろうけど。
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