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タクシーに乗って 場所と店の名前を言うと 割りと時間をかけることなく 店に到着した。
店の扉を開けると ボックス席が幾つかと カウンターの 小さな店だった。
奥のボックス席に 持田とヨシヤス。その向かいには 女が居た。
ヨシヤスが千春の姿を見つけて
「ちはるー。来たな。」
「おー。ヨシヤス。モッチャンも久し振りー。モッチャン元気だったか?」
ヨシヤスは かなり出来上がっているようで 口先で 千春に声を威勢良く掛けているが 席を立とうともしなかった。目も半分閉じている。
そのヨシヤスの隣には 女が居た。
真弓と千春が来たと分かると 持田が立ち上がり ひとつおいたボックス席に千春達を促し 席を移った。
それを見た女が 持田の隣に移動した。
真弓と千春は 軽くどちらにも頭を軽く下げて 持田とその女の向かいに座った。
オーダーされた水割りふたつが置かれ 女が 真弓を怪訝そうに 見ながら 千春に話始めた。
「千春。久し振り。さっきは ノセられてあんな言い方ごめんね。私のこと 覚えてないかな?私 千春の隣に住んで居たんだよ。」
「隣?どこ?
1階にコンビニの有るマンション?
いや 違うな。
婆ちゃんと住んでいた国道沿いのマンション?」
「ううん。その前。
西区 近くに市営バスの車庫が有って 横浜駅までは 歩くと20分くらいでさ。小さい商店街が有って。私 ちよみだよ。ちよみ。」
「ちよみ?ちよみ?
えーと えーと……
あ?
名前は忘れちゃったけど 俺親父と住んでいたアパート?
あの大家さんとこの女の子?あーそー言えば 俺のことちはるって 呼び捨てに してたような。
あーそー言えば 親父がたまーに帰りが遅いと 隣のおばちゃんが お風呂入れてくれたような。ご飯食わして貰ったような。眠くなって 大家さんの家で寝ちまったことがあった ような。スゲー昔でずーっと忘れてた。
なんか すっごい昔の話で忘れてた。
すっごい ガキん時の ことだよね。
あんた ちよみって名前なの?
なんかスゲー怖い ねーちゃんだったような。」
「んまー 失礼ね。千春は まだ小さくて 何も自分で 出来ないし ボーッとしていたから 私が教えてあげたのよ。千春は何でも言うこときいたから かわいらしかった。
うちのお母さんが お米の研ぎ方教えてあげたりしたのよ。
よくヨシヤス君やアキラ君が遊びに来ていたわ。
だけど お父さんが あんな交通事故で 急に亡くなって。
あたしも小さかったからあまりハッキリシナイケド 千春は亡くなったお父さんに そっくりになったわね。顔つきも 背格好も。千春のお父さん本当に格好良くて 私千春っていうより 千春のお父さんが初恋かも。」
すると持田が
「千春のお父さんって 俺 全然記憶に無いんだよ。俺ら 小学生だったしな」
そのとき 持田が向こうのヨシヤスのところに行った。ヨシヤスはとっくに酔いつぶれて イビキさえ かいている。寝言でも 言ったのか。
そちらを 少しうかがって 女 ちよみが話をしはじめた。
「うちはね 西区とこっちにもアパート持っていてね。西区は私の両親が大家で。
こっちは私とうちの旦那が大家やってるの。ここからそんなに遠くないんだけど。
リフォームを或る人から 紹介されて 見積もりに来たのがヨシヤス君だったの。
そしたら どこかに電話で話をしていて
。千春の話をし始めて。
びっくりしたわ。
一番最初にヨシヤス君から 名刺貰ったけど。
凱寧なんて、書いて有って 凱なんて凱旋のガイでしょ?あの漢字てヨシヤスなんて読めないもの。」
千春は思い出していた。
そうだ ヨシヤスは凱寧という字を書く。普通読めない。学校の先生も正しく読んだことがない。だいたい 本人を見て あんの大層な字は 似合っていない。だから
俺らはあいつの漢字なんぞ忘れていた。
隣の真弓にも テーブルに 字を書いて教えた。普通はあまり使わない漢字だ。千春も 学校の先生が間違えるから 正しくは この漢字ってヨシヤスも説明するし 先生も漢字を 黒板に書いたりするから いつの間にか 凱旋の凱が よしと読むことを覚えた。
近所の誰それが
引っ越しただの、なんとかちゃんは嫁に行ったとか 両親の消息だの 女と千春が話し始めた。
真弓は隣に座る千春に耳打ちして ひとつおいたボックス席に飲み物を持って移動した。
寝ているヨシヤスの肩を さするようにしていた 持田が顔をあげた。
「たち の悪い冗談を 仕掛けてくれましたね。」
「いや 本気にしてないようですね。」
と 言うとニヤリと笑った。食えない男だ。
「山手さん。あれは本当の話ですよ。千春も思い出したようです。ほら。」
隣の隣のボックス席で千春がえーっ!と叫んでいる。
「まあ 本当の話かどうかはとにかく 千春が やたらな女を近づけなかったのは あなたが 一番ご存じじゃないのかな?」
「もちろん よく知ってますよ。このバカと違って。千春が最初の女房に脅かされていたのは。いや 前から 千春は 女にガツガツしてませんでしたから。でもね あの女 千春が父親と暮らしていた頃の 大家の娘で。俺達 ヨシヤスも含めて 幼馴染みなんです。
ガキの頃 本当に小学1年か 2年頃まで 千春は おどおどしていて それはそれは 女みたいな 奴でした。
俺は空手を習っていたから アイツに空手をやれって言ったくらいでしたよ。どっちかって言うと いじめられる方でしたから。それを あのちよみ が 近所のガキ共を 仕返しして。」
真弓は 千春が その昔 母親から 虐待を 受けていた ことを 思い出していた。母親と暮らしたのは わずか 1~2ヶ月。近所に知られることなく 母親は 出ていった。千春には 女性に対する恐怖心と怯えが 残っておとなしい子供になったのだろう。
そんな千春を のびのびと おおらかに 変えさせた 一端を あの女とこの目の前の 持田が 担ってきたのかもしれない。
ヨシヤスという 能天気な男も 千春の性格に 影響を与えたのかもしれない。
又 優しい父親も 千春を守って来たのだろう。
全く 素直で 健気で 優しくて 可愛い千春。コイツ達は 正直 面白くない存在だが 千春の過去からの形成の歴史なのだと思う。
持田に話しかけようとした真弓に
持田が 口を開いた。
「山手さん。俺は このバカの面倒をみるのに 手いっぱいに なりました。
千春は あんたのものだ。もう アイツを守ることは 必要ないでしょうね。きっと。そして 俺も そんな余裕は 無いし 千春の為に時間も作らない。」
「………ヨシヤス君は 思ったより 可愛い存在になりましたか?」
「ええ。単純な奴で。肩が凝らない。
何より 俺を 想ってくれる。心地よいモンです。
これからは 俺は 単なる 悪友ヨシヤスの相方 の 持田のモッチャンです。
……まぁ千春にとっては 何も変わらねーか。」
「僕は 千春と暮らして2年以上になります。何か困ったら 相談にのることが出来るかもしれないですね。」
「そうですね。そのときは ヨシヤスから千春に相談させますよ。」
「持田さん。
おこがましいかもしれないが
今まで ありがとう。」
すると 持田は
「一番 不愉快な 言葉を 貰っちゃったなぁ。」
と ニヤリと笑った。
そのとき店のドアが空いた。
どうやら ちよみとか いう女の亭主が迎えにきたらしい。
それを送り出して 千春が 持田と真弓と寝ているヨシヤスの席に 移ってきた。
「モッチャン 俺 やっと思い出したよ。人が悪いよな モッチャンも。
俺が ガキん時の幼馴染みじゃん。」
「あははは。悩んだだろう?ははは。良い気味だ。女に 全く興味がねーんだな。名前も忘れるなんてな。」
「モッチャン うるせーよ。
あ そうだ えーと えーと
モッチャン この この人は 真弓さん って言うんだ。
あの 真弓さん コイツは モッチャン 持田っていう苗字で昔から モッチャン。寝てるのは ヨシヤスって言うんだ。
俺の小学校からの えーと何ていうか 友達 なんすよ。」
ぎこちなく 千春が 人物紹介をする。
真弓は
「ヨシヤス君。そして 持田のモッチャン?
初めまして」
と頭を下げた。
そして持田は
「真弓?さん。初めまして。
ここに寝ているのがヨシヤスです。
俺と 近々一緒に住む予定の人間です。」
千春の前で
真弓と持田は 自己紹介をし合ったのであった。
陰ながら千春を守ってきた男。
正面から千春を守っている男。
そして 人生180度 変わった
凱寧 ことヨシヤス。
苦い酒 過去に訣別した酒
戸惑いの酒 能天気な酒
それぞれの酒を味わいながら それぞれの気持ちを呑み込んで 大人の男は 静かに 杯を重ねた。
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