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恋ぞつもりて
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夜の暗さは、深淵を思わせる。
真夜中、午前1時を過ぎても眠れずに窓を見下ろした。
「道理で冷えるはずだ…。」
そっと覗いたカーテンの隙間。ちらちらと、小さな灯りのように雪が舞い落ちている。
独りきりの寝室に静かな溜め息が零れた。
野川はどうしているだろうか。
いくら仕事の虫でも、さすがにもう寝んでいるだろうか。…そうだといい。
ーーまた、野川先生と飲み明かすのを楽しみにしています。
言って直ぐに、一体どの口が、と我ながら呆れた。
しかし、言ってしまった以上、実現させないと、また傷つけることになる。
…自分の首を絞めるようなことを…、と思わず眉をきつく寄せ、目を伏せた。
せっかく引き受けてもらった共同研究を、こちらが辞めたがっていると疑われたのは、奈良出張の時の自分の態度が原因だった。
あの、肌の感触までリアル過ぎる夢を見た朝からずっと、自分はおかしい。
今も、思い出さないよう気をつけていないと、日常生活でさえ何かの拍子に直ぐに理性が焼き切れてしまいそうで、精神的に休まらない日々が続く。
あれから何度か、夢の中の野川を思い浮かべながら、自分を慰めてみたりもしたが…、正直、欲が消えるどころか増幅され、逆効果になった様に感じていた。
それに、事を終えた後の罪悪感と、空しさと、切なさとが酷く自分を苛んだ。
…出張の日は。
ある意味正気ではなかったと思う。
あの日のことを思い返すにつけ、何度も自分に話しかけようと躊躇っては止める事を繰り返していた、愛しい人の横顔が思い浮かぶ。
伏し目がちな瞳は悲しげに揺れ、睫毛が震えるように瞬いて…。
それらの全てが一層心を搔き乱し、そうするとまた、目を背けるしかない、それが延々と。
慕われていると思っていた人間に、同室での宿泊を渋られた上、目も合わせてもらえないほど避けられるなんて…さぞかし傷ついたことだろう。
バーで飲んでいた時の沈んだ顔を思い出し、深く溜め息を吐いた。
あの夜、野川が布団の中ではなく、布団の上で眠っていた訳にもつい先日気付いたのだが。
自分が戻るのを、待っていたのだ。寝ないで待つつもりで、きっと…。
存在の全てが愛おしくて、息もうまく出来ない。
この思いと、野川のそういう優しさや好意は、残念ながら、似て非なるもの。
狂おしいが、それは勿論、重々分かっている、つもりだ。
…やっぱり、思いを告げる気にはなれない。嫌われるとは限らなくとも。
三崎や他の教員の話からして、どうやら自分は、野川にとっては極めて稀な‘仲の良い友人’であるらしいが、やっと掴んだそのかけがえのない関係を自分から捨てる事になり得る危険な賭けは、どうしても出来ない。
けれども同時に、大切な人を傷つけるのも苦しい。
奈良でのことがあって、2月に入ってからは細心の注意を払い、野川と接して来た。
その努力のおかげか、最近また、学内でも学外でも行動を共にすることが増えて来つつある。野川の表情にも明るさが戻ってきた。
しかしながら、京都行きの話を持って来た時の様子からして、まだ疑いは晴れていないものと思われた。
ーーあんまり分かりやすいのは考えものだよ。
今日、三崎に言われた言葉が頭を過ぎる。
告げないと決めた以上、絶対に悟られる訳にはいかない。
それなのに。
これから一体幾度、自分は痛みをこらえて野川に微笑みかけなければならないかと思うと、気が遠くなるようで。
時々全てを壊してしまいたくなる。
…恐らく、この関係の行く先がどうでも受け入れる覚悟、というものが今の自分には足りない。
行き場はないものを。
ただ淡々と、だが着々と、止むことも知らず降り積もるこの思いをどうすればいいか、自分の気持ちの落とし所が、全く見えてこない。
今はとても諦められない。
失うことはもっと考えられない。
まるで、少しでも動けば切れて堕ちてしまう、吊り橋の真ん中にいる。
深々と舞う雪の清らかさが憎くなって、カーテンを引いた。
極めて矛盾した思いの板挟みで、今夜、また狂った夢を見てしまいそうだった。
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