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②野川の憂鬱2-1
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途中、トイレに行って戻って来た野川は、黒木の周囲を女性の出席者が取り囲んでいるのを目の当たりにして、微かに苦笑した。
彼の傍にはずっと自分がいたから、話しかけ辛かったのだろう。こうして中座した途端にこうなる彼女らの心情は理解できる。
ここでの拠り所を奪われ、少し心が重くなった。
いい歳をして子供染みている自分に対して自嘲の笑みを浮かべる。
先ほどから気にはなっていた。
他の出席者との会話で、彼にも重要な新しい人脈が出来るかも知れない。何もいつでも話せる存在と、ずっと一緒に行動する必要はなかろうと。
ともあれ、今からあの輪の中にはとても戻れそうになかった。
「ふぅ…。」
軽い溜め息を吐くと、会場前ロビーの奥、楕円形の大きなソファーに、会場に背を向けて腰をかけた。
真ん中に背凭れがあるため、きっと会場から気づかれにくいだろう。そこに背を預け、少しホッとして、目を閉じ深呼吸した。
もう少しくらい慣れても良いような気もするが…。
相手の立場によって、自分が偉くもなれば、若手のひよっこにもなってしまうこういう場での会話の難しさから、初対面の相手にはつい口が重くなってしまうのだ。
自意識過剰なのだろうが…。
「こんなところで、何してるの?」
不意に頭上から降って来た声に、ギクリと肩を揺らして、野川は振り向いた。
「國廣先生…。」
狼狽え、呆然と名前を呼んだ。
「隣、良いかな?」
! 先ほどとは違って少々控えめな態度でこちらを窺ってくる。
野川は内心、戦々恐々であったが、ここでまさか嫌とも言えまい、と潔く観念した。
「ええ、勿論です。どうぞ。」
隣に座っておいて國廣は何も話そうとしない。そのくせ、こちらをじっと見つめてくる。
その表情はどこか憂いを帯びて、瞳が迷うように揺れていた。
結果的に見つめ合う形になっていると気づいて、気まずく視線を外す。
「如何なさいましたか? …あの…。」
思い切って聞いてみると、ごまかす様に微笑んだ。
「宜しいのですか? 主役である先生が、こんなところで…。」
会場の事が気になって重ねて聞いてみるが、少しくらい良いよ、と優しい声が返って来た。
顔を上げると、真っ直ぐに目が合った。
「藤沢さんに、小言を言われたよ。君に嫌われたくないなら、さっきの行動は矛盾しているとね。」
黒木に対する嫌味の事、を言っているのだろう。
「裏切り者は裏切る、なんて。…まぁ、正直間違ったことを言ったつもりは無いよ? 今でもそう思う。だけど、そんなこと言われたら君も傷つくってことを、もっと考えるべきだった。」
すまなかったね、そう言って、國廣は目を伏せた。
野川は、驚きすぎて、言葉を継げなかった。
「國廣先生…。」
正直、黒木に対する根本的な誤解を解きたい野川としては、論点が微妙にずれている事は否めない。
だが、黒木の悪い評判は、藤沢も言った通り、彼自身がこれから払拭していくしかない事である。
それより何より、さっきの今で、國廣がこんな風に謝ってくる事自体、意外にも程がある。
返答に困っていると、國廣が少し笑った。
「ほら、黒木君みたいなスラリとしたハンサムが、ナイトよろしく“姫”の隣に立っていたら、焦るじゃないか。」
「? 確かに彼なら、何処に誰といてもナイトに見えてしまうかも知れませんね。」
「え!?」
「え…??」
野川君には参るなぁ、と國廣は面白そうに声を立てて笑った。
「噛み合わないけど、君のそういうところが好きだよ、私は。」
色気に満ちた視線を送られ、驚くやら恥ずかしいやらで頰が熱くなった。
訳もわからず、はぁ、と首を傾げると、國廣は、何故か一層楽しそうに一頻り笑った。
「ね、そのトンチンカンはわざとではないんだよね?」
不意に真顔になって問われたが、やはり何のことだか解らず、何とも居心地が悪い。
「? あの、…すみません、お話に、ついて行けなくて…。」
しどろもどろに答えると、だろうね、と國廣の微笑みが苦笑に変わった。
その至極真面目な横顔は、何かを躊躇うようにも、堪えるようにも見えて、その意外さに野川はつい目を見開いた。
先程までの、嫌悪を感じた相手とは全く別人になった様で戸惑う。
しかし確かに、いつもは、あんな風に棘のあることを無闇に言ったりはしない人である。
では、今日は何が違うのかと言えば…、今言った様に黒木という新しい存在、なのだろうか?
國廣の本意が掴めず、また首を傾げる。
今黒木を、ナイトと呼んだのは、守るべき誰かがいる事を意味するのだろうか…?
すると…、つまりこの場合、“姫”というのは…。
「!? 姫…?」
まさか自分が?
驚いて顔を上げると、手を掴まえられ、ギュッと握られた。
「私はね、君にずっと恋をしてるんだ。もう、何年も。」
さっきまでなら、冷たくできたかも知れないのに、至って真面目な顔の國廣を見て、今はその手を、すぐに振りほどくことが出来ない。
「く、國廣先生っ…。」
腕を引こうとすると力がさらに加わる。
「君を自分のものにしたいと、ずっと思ってたんだよ。」
吐息が触れるほど耳元近くで囁やかれ、野川は文字通り震え上がった。
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