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番外編 昔馴染みの二人
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…今日という今日は、ただでは済まさない。
國廣 良と出会ったのは、およそ…40年前に遡る。
…もうそんなになるのか…。
就職したばかりでまだ20代だった。國廣などまだ院生だった。
英彦とは違って、生まれながらにしてゲイである身だから、当然のように出入りしている店があって。
奴とは、そこで知り合った。
顔見知りよりは近いが、友人とも言えない薄い関係。
しかしある時、誘われて抱いた男が、國廣の恋人だったと分かって。
関係がこじれたのはそれからだ。
一方的にライバル視される様になり、その店で出会った一夜以上の恋人には、必ず彼が誘いをかける様になった。
勝率はこちらが優勢だったが、面倒だし、思い入れのある店に迷惑を掛けることになる前に行くのをやめてしまった。
英彦と出会ったのはその後。
それも…、もう31年前…。歳をとるわけだ…。
そして、英彦の将来の為と言って一度別れを選んだのが20年前…。
國廣は、いつものごとく私に対する嫌がらせ目的で、あろうことか、傷心の英彦に近付いた。
結果、本気で熱を上げ、かなりしつこく口説いた様だが、二人の間には結局何もなかったらしい。
にしても、話を聞いた時は腹立たしい事この上なかった。
英彦が、今日の様なパーティーに出ないのは、私が許さないからだ。
…まあ、英彦の件はただの八つ当たりとして。
今夜の、うちの若手二人への仕打ちは、明らかに重大案件であり、学長としても、断固見過ごせない。
「藤沢さん…!」
会場から出て来るのを待ち構えていたこちらの姿を見るなり、驚きを通り越して狼狽している國廣に呆れた。
私が店に姿を見せなくなった事に後ろめたさを感じてか、この男は私に元々逃げ腰である。
今日はそれに自分自身がやった問題行動も加わって、まるで鬼を見つけたとでも言わんばかりの狼狽えぶりだ。
怒鳴りたい気持ちを抑えて、正面から睨みつけた。
「主役は忙しいかも知れないが、まあ付き合ってよ。久し振りに二人で飲もうじゃない。」
行こうか、と黒い笑みを向ける。國廣は青ざめた顔をしながらも、渋々了承した。
周りには、パーティに出ていた出版社の人間や、大学の関係者もいたようだが、財布目当ての赤の他人に構ってはいられなかったし、彼にこちらの言う事を聞く以外に選択肢を与えるつもりは毛頭無かった。
…そうしてやってきたのは、パーティー会場から少し離れた場所にあるホテルのバー。
まずは、適当に出版祝いを言って乾杯する。
だが國廣は誘いを喜んではいないだろうし、こちらの機嫌も最悪だ。
しばらくそれぞれのペースで酒を飲んだ。無言で。
そのまま墓穴を掘るまで黙っていようと思っていたのだが、しかし、自分はどうも今夜、抑えが効かないほど、怒っている様だ。
「以前も現場で、セクハラでトラブって…、名誉職に追いやられるだけでは気が済まない様だな、リョウ。」
敢えて昔に戻った口調で核心をついた。
國廣はぐっと言葉を詰まらせる。
さっさと終わらせて、英彦の顔が見たい。
「英彦はどう思うかな、今夜の話をしたら。」
冷えた笑みを浮かべながら言って、正面から睨み据えた。
今頃動揺しても遅いだろう。大馬鹿者め。
「さっき、忠告してやったろう。真っ当に勝負しろって。分かったと言ったんじゃ無かったのか。」
黒木君に嫌味を言っても野川君に嫌われるだけだ、とか。
本気でオトすつもりなら誠実にやれ、とか。
…さっきの自分の優しい忠告を激しく後悔していた。
ケシかけた様な結果になってしまって…。
だがまさか、国語学者に誠実の意味から諭さなければいけないとは、誰も思わないはずだ。
『日本語の美しい響き〜言語学からみた日本語音声学〜』
…今日のパーティーの著作名を思い出し、顔を顰めた。
「…野川君は、先に…?」
「黒木君が送って帰ってくれたよ。本当にいつまでも成長しない奴だ。」
馬鹿で短絡的で手の施しようがない。
「そうですか…。」
目を伏せ、力無く項垂れる。
「もう、会えないよ。会わせない。私は学長として、彼らを守ってやらなきゃならない立場だ。さっき、最後の忠告だと言ったはずだし。」
畳み掛ける様に言った
彼は愛に飢えているのだ。
それが初めての恋人の裏切りに起因しているなら、私にも責任の一端はあるから…、だからこれまで甘やかし過ぎたんだ。
許し過ぎた。
いつもと違う雰囲気を感じたのだろう。國廣を窺うと、驚いた顔で固まっていた。
「私達も年だ。もういい加減ちゃんと相手を尊重して恋愛する事を覚えてもいいはずだ。孤独が嫌なら。」
「…藤沢さん、石倉さんはどうしていますか?」
ここで英彦の話とは。
…反省する気は無いわけか…。
「ああ、元気だよ。」
苛立ちを隠して答える。
「今日は、体調が悪いとか…。」
「別に? 普通だよ。」
体調不良なんて嘘っぱちだ。
英彦に後で怒られそうだが、こっちにも誇示しておきたい立場がある。
國廣は苦い顔をした。
「いつ、元の鞘に収まったんです?」
質問の意味が分からないな、と鼻で笑った。
「英彦は私のものだ。出会ってから今までそうで無かった事はない。」
國廣は、相変わらずだなぁ、と言って苦笑いしたが、顔が引きつっている。
國廣の本命は今も英彦だ。それ以外に口説いているのは遊び相手。
だから余計、野川君が気の毒で仕方がない。
まぁ、彼の事は遊びでなく、準本命くらいには好きなのかも知れないが。
「そんな風に言うなら、何で別れたりしたんです? 少なくとも5年前まではまだヨリを戻していなかったと思いますけど?」
何で知ってるんだ。全く嫌な奴。
「君に関係ない。とにかく、今夜の様な事は二度とないように。でなければ、もう本を書けなくしてやる。割と簡単だよ。肩書きを無くせばいいんだからね。 」
お先に、と静かに言い置いて、店を出た。
勘定は誘った自分が持ったが、この後奴がどうするかは知らない。
…苦い夜だ。
最愛の人を傷つけた日のことを思い出し、また息が詰まった。
もう幸せになんて一生なれなくても構わなかった。
地獄に落ちるより辛かろうと英彦の幸せのためなら、何だって…。
だけど、別れて15年目にして結局、手を伸ばしてしまった。
國廣は、孤独だろう。愛し方もろくに知らない。
若い頃の様に、外見だけで恋はできない。
人は本来、安心や安定、信頼や尊敬を、互いに得たいものなのだ。
今日、自分がこんなに頭にきているのは、馬鹿が、幸せのコースを逆走するような事ばかりするからなのかも知れない。
自分には帰る場所がある事を、ありがたいと思いながら、昔馴染みの幸せをそっと願った。
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