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優しい唇
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しばらく穏やかに寄り添っていたが、黒木が突然、ハッと身体を離し、こちらを心配そうに覗き込んだ。
「そう言えば…、西園さんの件と同じ頃、北海道へ…、飛行機で出張に行ったんですが、あの時もひょっとして、心配を?」
「あゝ、いえ。あの時は、貴方が戻ってから知ったので、そこまでは…。」
そう言うと、黒木は、そうでしたか、と深く頷いた。
「それに、国内は割と大丈夫なんです。乗っている時間が絶対的に短いですし、それに、出張先の治安を特別気にかける必要もありませんから…。」
なるほど確かに…、そう言った黒木の声はどこか遠くで聞こえた。
…周りは皆外国人だった。
空港で、叔母と二人、オロオロするばかりだった時の事を思い出す。
そうしてまた、一週間後には発ってしまう黒木の事を考えると、つい、彼の袖口を握る指に力がこもった。
海外は、遠い。
自分には。
「野川先生…。…あ、あの、予約してあるホテルは、大学にとても近いんです。レストランも、それから、小さいですがカウンターバーもあって。」
「…ええ。?」
「マーケットには、行きません。観光は、以前行った時一通り済ませましたし、食事はホテルで摂ります。出来るだけ、大学とホテルを往復するだけにしますから。勿論、車にも気をつけます。」
「…!」
言葉にならないほど、嬉しく思った。
また、そっと、心ごと広い胸に包まれたこの身は、やはりもう黒木のものだと思うし、そう願った。
「もしも行きたいところが見つかったら、いつか、二人で一緒に行きましょう。…それなら、海外でも構いませんか?」
「二人で一緒に…。」
「はい。」
「…そうですね…。ええ、…多分、大丈夫です。」
ただ魅入られた様に動けず、目を逸らす事すら出来ずに、野川はまた黒木に唇を明け渡した。
ギュッと仕上げの様に抱き締められ、自分も自然と抱き締め返した。
黒木の匂いを感じて、嬉しくて、また泣きたくなった。
「あ、…っと…、…すみません、遅い時間まで話し込んでしまいました…。そろそろ、また、眠らないといけませんね。」
言われて、肩がビクッと引きつってしまった。
身体が強張った分だけ、少し身体が離れた。
ベッドから少し離れた所に置かれた小さな目覚まし時計は、午前0時を指そうとしている。
「…ええ…、そうですね…。」
確かに、もう無理にでも眠った方が良い時間なのかも知れない。
しかし。
「…。」
ただでさえ眠るのはあまり好きではなかったのに、ここ最近はもう、嫌で仕方ない。
相当不安気に見えたのだろう。
黒木がまた心配そうな表情になった。
「嫌ですか…?」
眠るのが嫌だと駄々を捏ねるなんて、小さな子どもじゃないのだから。
…そうは思うが、つい目を伏せた。
「分かりました。では、もう少しこのまま話していましょう。何の話をしましょうか。」
優しい声に心底安心してまたつい頬を緩めた。
「眠らなくて良いなんて、初めて言われました。」
「貴方が、嫌な事を珍しく隠さなかったので…、嬉しく思ってしまったんです。」
看護役としては失格かも知れませんが、と黒木は微笑んだ。
その微笑みに、やはり吸い込まれそうになってジッと見入っていれば、また唇を塞がれた。
「あまり…、惑わせないでください。貴方にジッと見つめられると、触れないでいるというのが難しいので。」
はにかんで苦笑いを浮かべるその頬に無意識に手を伸ばし、触れそうになったところで慌てて引っ込めた。
触れないのが難しいのはこちらも同じらしい。
恥ずかしく、俯こうとして、顎を捕らえられた。
「野川先生…。」
そっと呼ばれておずおずと視線を上げれば、目の前には嬉しそうに微笑んでくれる、可愛くて、眩しい人。
結局気がつけばまた、どちらからともなく唇を合わせていた。
「…お願いがあるんですが…、朝、目が覚めたら、私が知らない話や、意外に思う事を、言って欲しいんです。私が、驚く様な。」
夢と現実の間に境界線が欲しくて。
そこまでは言わなかったが、黒木が驚いたのは一瞬だけで。
すぐに優しい労わりに満ちた美しい微笑みをくれた。
「わかりました。何か考えておきましょう。」
その後も二人は、何度も口づけを交わし、唇から優しさと愛情を分け合った。
やがて安心し切った野川が、暖かい腕の中で穏やかに意識を手放してしまうまで、何度も。
…その夜、野川は、いつの間にか隣で寝んでいた黒木の腕に包まれて、久しぶりに深い安眠を得た。
翌朝、目覚めるなり「由仁」などと呼ばれ、驚かす様頼んだ事を、酷く後悔させられるとも知らずに。
《了》
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