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秋月の実力 その2
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語り:サッカー部一年 山田
※このお話は秋月が一年生の頃のお話です。
入学して二ヶ月。
新しい学校とクラス、部活にもだいぶ慣れた。
季節は梅雨に入って、雨の日はサッカーも出来なくてなんだか憂鬱。
そんな憂鬱な気分を吹き飛ばすここは美術室。
教室の机よりデッカイ木で出来た机に六人ずつ座って、彫刻刀で版画の制作をしている。
仲良し同士で好きな席に座れる美術。
絵を描いたり作品を作ったり、なんて楽しい授業なんだろう。
ワイワイと笑い声が溢れて、先生も優しいおじいちゃん先生で、こんなに楽しい授業はない。
版画ってのも楽しくて、小学生の時もかなり夢中になった。
今回の版画は一人一つ好きな写真を模すというもの。
ちょっと難しいけど、失敗して削ったら二度と再生出来ないスリルがまたいい。
下書きを終えて、今日は木製の版画盤を彫刻刀でゴリゴリ削る。
そんな楽しい楽しい美術の授業。
俺は今、すごいものを目の当たりにしている…
「……秋月」
返事がない。
「……秋月」
また返事がない。
恐るべき集中力で彫刻刀を握る、目の前の超美形秋月。
絵になる。
優美というか優雅というか。
こいつはホントになにしてても絵になる。
秋月自身はめっちゃ絵になる。
でもその版画盤に描かれてる絵はなんすか…
「秋月すっげー集中してるな…」
と、横から囁いたのは同じサッカー部の根岸。
「うん…根岸はなに描いたんだっけ?」
「俺はうちで飼ってる犬」
ミニチュアダックスだ。
ひと目で分かる。
「秋月なに描いたと思う…?」
「ん?」
ひょいっと秋月の版画盤を見た根岸が、ガシッと肩を組んできた。
「……秋月は一体なにを描いたんだ…?」
「それを今まさしく俺がお前に聞いたんだ…ネコにするって言ってたはずなんだけど…」
「ネコ?!」
「ネコがどうしたの?」
犬派のネコ好き秋月が、ネコという単語に反応した。
「うぅぅぅん!なんでもない!」
秋月は小首を傾げてまた集中し始めた。
「おい山田…秋月って絵下手なのか…?」
「いや、知らないけど…」
俺も下書きの時は集中してたし。
秋月やたらと隠してたし。
「あれなんなんだ…食べ物か…風景か…それとも伝説の生き物か…山田、秋月がなんの写真持って来てたか見てねーの?」
そうだ。
あまりのショッキングさに忘れてたけど、俺は確か写真を見たはずだ。
「ちょっと待って…思い出すから…」
秋月が持って来てた写真を思い返す。
版画盤に描かれたものが強烈過ぎて、なかなか記憶と結びつかない。
えっと…
確か…
確かネコが和風の民家の軒先でゴロニャーンとくつろいでる写真だった。
って事は、あの真ん中の塊がネコで、ネコの下のシマシマは木目…?
「あー失敗…」
秋月がため息をついた。
「ふわふわ感が出ない…」
「あ、ああ!ネコのふわふわ感出すの難しいよな!」
難しいけどさ、問題そこじゃなくないすか秋月さん…
「根岸根岸…」
「ん?」
「あの真ん中のがネコで、あのシマシマは多分床の木目だと思う…」
「マジかよ…!メイン木目じゃん…!」
間違いない。
今丁寧に頑張ってるネコと思われる塊とは正反対に、躊躇いもなくゴリッゴリ削ったと思われる。
ネコと思われる塊は、例えるなら…
えっと…
なんだ…?
全身細かく、それはそれは蕁麻疹の如き毛だと思われるブツブツに侵された、やたらと耳がデカくてやたらと手足の細い、ウサギにも似た、ネコにも似た…生き物らしきもの。
それが木目と妙にベストマッチして、なんとも言えない…
そんな感じ…?
「手と足細くね…?ほぼ骨オンリーじゃね…?」
「言うな根岸…」
「蕁麻疹のネコ描いたのか…?それとも鳥肌立ってるネコ…?」
「気にするな根岸…」
「耳デカくね…?俺のミニチュアダックスよりデカくね…?」
「見るな根岸…」
「秋月絵下手過ぎんだろ…ギャップハンパなくね…?」
「……とりあえず俺らも集中しねーと終わんねーぞ…」
「おぅ…そうだな…」
一つ深呼吸をして彫刻刀を握る。
俺は水槽を泳ぐ熱帯魚を描いた。
ウロコをいかに細かく削れるかがポイント。
まずは熱帯魚の輪郭を削って…
「んっ…?」
向かいから秋月の声。
失敗しちゃったのかな…
あ、ヤベ…ちょっと太いか…?
彫刻刀変えるかな…
「あっ…」
秋月また失敗か?
目とか掘るの緊張するよな…
表情が決まる部分。
「やっ…」
秋月またまた失敗か?
おっ!ヒレがいい感じかも!
透明感が出そう!
「んんっ…」
秋月…
秋月さんよ…
相変わらず集中しているのだろう。
そんでちょっと失敗して思わず声が漏れてるのだろう。
分かる…
分かるけど…
いちいち色っぽいんすよ…
その声どっから出てるんすか…
普段の抑揚のなさどこ行っちゃったんすか…
吐息混じりヤメテクダサイ…
「山田山田…」
と、横から根岸。
「秋月に欲情しそうな俺を止めてくれ…」
「…………はぁっ?!お前なに言ってんの?!」
自分でびっくりの大声に視線が集まった。
「山田くん、どうかした?」
おじいちゃん先生の声でギクリ。
「いえっ!すみません!」
再び彫刻刀を握る。
「……根岸変な事言うなよ…」
「いやめっちゃ色っぽくね…?」
「……まぁ否定はしないけど…」
「俺健全な男子高校生なんだよね…」
「……知ってるけど…」
「あの秋月からあんな声出てんだぞ…」
「……そりゃそうだけど…」
「ちょっと秋月見ててみろよ…」
促されるままチラリと秋月を見る。
顔を動かす度にさらさらと揺れる茶色の髪。
視線が版画盤に向けられてる事により、伏せ気味な長いまつ毛。
時折ゆっくりとまばたきをする、気だるげな目元。
薄く開かれた形のいい唇から吐き出される、吐息と甘い声。
うん…
これ秋月が女だったら惚れてるかも…
いやいやいやいや!
ちょっと待て俺!
秋月は大事な大事な友達だ!
そんな目で見ちゃダメだ!
どうしよう!
どうしたらいい?!
思わず泳がせた視線に飛び込んで来たもの!
それは!
秋月の版画盤っっ!!!
すごい!
効果抜群!
例えるならば、ぐんぐんと空気が入って破裂寸前まで膨らんだ風船が、ふしゅっ…と情けない音を立ててしぼんだような、そんな気分!
「……根岸、版画盤だ…」
「版画盤…?」
「秋月の版画盤を見ろ…そして直ちに心境を述べよ…」
明らかにソワソワしてた根岸の顔が、すっ…と無表情に…
根岸の風船のしぼむ音が聞こえた気がする。
「…………なんか欲情とか気持ち悪い事言ってすんませんした…」
「よし…変な気起こしそうになったら、秋月の版画盤を見ろ…秋月はあれに全身全霊を掛けてるんだ…その結果無意識にあの声が出ちゃってるだけだ…いいな…?」
「お、おう…」
その後も秋月は時折色っぽい声を上げ続けた。
同じ机の奴らもみんな、秋月が気になって気になって仕方ないみたいで…
そりゃ気になるよ…
この顔でそんな声とかさ…
マジで色っぽいんだもん…
秋月の隣に座ってるやつなんかピクピク悶絶状態…
根岸はたまによからぬ想像してる顔してるし…
誰かがなにかに目覚めないといいな…なんて思った。
どうしても雑念に支配されそうになる度に、より一層ネコとは思えないものが着々と出来上がって行く版画盤に救われる。
それの繰り返し。
この日は途中で授業が終了。
その次の授業で、秋月の色気に耐えながらなんとか削りに削って完成。
今日はついに版画を刷る日だ。
各机にワンセットずつ設置された印刷道具達。
削りが浅いとそこに墨が入ったりして、刷り終わるまでどうなるか分からない。
「おっ!思ってたよりいいかも!」
「あーここ浅かったかぁ!」
そんな声で盛り上がる美術室。
俺らの机では秋月が黙々と紙に圧力を掛けている。
「秋月すげー丁寧にすげー無表情で頑張ってんな…」
と、今日もまた隣から根岸。
「秋月ってさ、なんかこう…冷たい感じなのになんか不思議な雰囲気滲み出てんだよな…」
「お、分かるか根岸。表情変わんないから冷たい感じがするだけで、秋月結構天然だぞ」
「えっ…?マジで…?」
パッと見近寄り難いしなんでもそつなくこなすけど、なんか美術の授業はやたらと一生懸命。
あの秋月が一生懸命版画刷ってるとか…
氷の貴公子が真剣に版画刷ってるとか…
ギャップがすごい…
長くて綺麗な指で丁寧に剥がされていく紙…
その出来栄えやいかに…!
「……………」
「秋月?どうした?」
「……なんか…上手く出来たっぽい…」
レアだ…!
嬉しそう…!
珍しく感情が分かる声出してる…!
あの版画盤が生み出した作品…!
それを見た俺は
「…………ワーオ…」
人生で初めて心が無になる感覚を知った。
「ネコ…可愛い…」
またもや嬉しそうな秋月の声ではっとする。
「お…おおっ!秋月上手く出来てんじゃん!これは俺も一生忘れらんない傑作だ!」
忘れらんないよ…!
なんだこれ…!
なんも言えない…!
おいこら根岸!
笑い堪えてんじゃねぇぞ!
削りが浅かったのか蕁麻疹、いや、毛がだいぶ潰れたのが大正解。
木目が強調されて、ネコらしき生き物の存在感が薄れたのも大正解。
でもやっぱりネコじゃないだろ!
ネコ好きなんだよな?!
ネコ追いかけて迷子になったって言ってたもんな?!
ネコがどんな姿形してんのか知ってるんだよな?!
なのにお前の中ではそれは可愛いネコなんだよな?!
でもでもそんな事言えない!
だって秋月が満足そうだから!
こんな嬉しそうな顔初めて見たから!
これ上手く出来たんだよな!
秋月美術すげー苦手なんだろうな!
普段なんでも完璧なのにな!
この顔であの運動神経で首席で美術苦手って!
やべぇ!
俺秋月が好き過ぎる!
刷り終わった用紙は、一日ラックで乾燥させて、翌日の昼休みに各自で回収。
各々作品ファイルで保存との事。
決してバカにしてるんとかじゃなくて、ついつい秋月の版画を隠すように、俺と根岸の用紙を置いた。
飾られなくてよかった…
だってあれの作者が秋月だなんて知られたら、女子達バタバタ倒れそう…
ギャップがハンパじゃないし…
結果秋月の作品が世間に広がる事はなかった。
なかったけど、噂によると美術室の掃除当番が、
「とんでもない版画見た!」
って大騒ぎをしたとかしないとか…
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