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七夕 その1
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※ATTENTION
陸上部の皆様が過ごす七月七日の出来事です。
本編の季節は秋。冬へと向かっている為現実とは真逆の季節に彼らは生きています。
つまり秋月と緒方さんはお付き合いを始めてからまだ一度も七夕を迎えておりません。
ですがこの番外編はバカップルがバカップルとして七夕を迎えます。本編とのズレ、矛盾が多々発生しております。本編中の彼らがそのままの状態を保ったまま、七月七日にタイムスリップした状態です。
しかも作者初の試み、三人称視点で話は進みます。
更に長くなりそうなので一話で完結しません。毎日更新出来るかも分かりません。長くなると思いきや、案外すぐ終わるかもしれません。
本編では大会が目前ですが、そういった緊張感を忘れて、彼らが彼ららしく過ごす何気ない一日を書こうと思います。フィクションをフィクション化したお話です。
書いてみたい!という勢いだけで書き始めましたので、それでもオッケー!という方のみ、雲のような軽いノリでご覧ください。
七夕 その1
「これって書いたら笹に飾るんですか…」
七月七日。
今日は七夕。
朝練を終えた県立七山高校陸上部の部室。
秋月は井上に手渡された真白い一枚の紙をいつもの無表情で眺めている。
明らかにコピー用紙を長細く切ったそれはご丁寧に穴が開けられ、既に糸まで取り付けられている。
「井上がわざわざ笹持って来たからね…電車で笹持ってるとか他人のフリしかしたくないでしょ…」
いつも穏やかな笑顔を浮かべている瀬川は時折こうして面倒臭さを微塵も隠さない顔をする。
瀬川と井上は井上曰く家がご近所だ。
といっても実際のところは駅が五つも離れている。
それでも同じ時間に同じ場所へと向かう者同士。
井上が寝坊しなければほぼ毎日のように同じ電車で登校する。
朝からハイテンションで瀬川おはよう!と電車に乗り込んでくる井上の笑顔は想像に易い。
「通勤通学ラッシュに笹…正月並にめでたい…」
今日はその笑顔にプラスまさかの笹を持参。
瀬川のため息は重々しい。
「だって七夕だぞ?!一年に一回しか会えない織姫と彦星が喜びのあまりに俺達の願い事を叶えてくれるなんて!太っ腹過ぎる!」
そう大声を上げた井上の頭の中に、小太りの太い腹をしたどこかのおじさんが思い描かれている、なんて事は誰も知らない。
「織姫と彦星ってのはラブラブ生活に溺れて仕事もなんもしなくなったから、神様が怒って一年に一回しか会えなくしたんだよな」
渡辺が淡々とロマンをぶち壊す。
陸上部には空気が読めない人間の代表格として井上、緒方の二大巨塔がそびえ立っているが、渡辺もその影に隠れて実は空気が読めない一面がある。
「えっ?!そうなの?!」
相変わらずよく動く表情筋を緒方はめいっぱい動かした。
心底驚いているのが見て取れる。
この時緒方は思った。
なぜ七と夕という漢字を使ってたなばたと読むのか。
七の部分でどこまで読むのだろう。
七が”たな”で夕が”ばた”。
もしくは七が”たなば”で夕が”た”。
きっとそうだ。
だって夕方の夕ってカタカナのタに似てるから!
似てるっつーよりむしろ同じだし!
でも”ななた”っつーのはなんかカッコ悪い。
なんとなく訛って、ななた→なななた→たなばたってなったに違いない…
俺って頭良くね…?と自問自答に満足しながら自画自賛している事も誰も知らない。
「知らなかったけどそういうリアルなとこはいいから!とにかく午後練までに願い事書いてきて!あとこれ!一人一枚ずつなんか飾り作ってきて!」
井上が鞄に手を突っ込んだ。
勢いよく掲げられたその手にあるのは某有名100円ショップのテープが貼られた折り紙。
井上はわざわざ100円ショップに出向き、このコピー用紙と折り紙を買ってきたのだ。
部活でヘトヘトになった身体で、コピー用紙を人数分に切り分け穴を開け糸まで通してきた。
更に迷惑も顧みずに満員電車に笹を揺らして持ってきた。
部員の願いを叶えてもらう為に…
と、一人周りの空気に反して感動しているのは渡辺。
いい部員に恵まれたと感動に浸る。
「一枚ずつ好きな色取ってー!」
井上の手から緒方の手へ、緒方の手から秋月の手へ。
キラキラとした青春を送る陸上部員達。
実際その場にいたら明らかにむさくるしいであろう状態の部室で、全部員にコピー用紙と折り紙が渡った。
なにを書こうかとわくわくを抑えきれないのは柴田。
高島は早くも腹一杯に肉を食べたいという願いを書く事を決めた。
「じゃあみんなまた午後練でな!」
渡辺の声で部員達は笑顔でわらわらと部室を出て行く。
いつもと変わらない朝の風景。
そんな中で山梨は静かに思った。
井上…それ笹じゃなくて竹じゃね…?なんで誰も気づかねぇんだよ…
と。
教室へと辿り着いた田沼は、机の上に並べたコピー用紙と折り紙を見つめていた。
今日は今年初めてアブラゼミの鳴き声を聞いた。
日差しはもはや盛夏のもの。
湿気をふんだんに含んだ風が舞い込み、教室は既に蒸し暑い。
田沼の頭の中にあるのは二つの悩み。
この折り紙でどんな飾りを作るのか。
この短冊にどんな願いを書くのか。
田沼健太というのはその実ピュアな男だ。
特に恋愛に関しては。
田沼には今気になっている女子がいる。
緒方のクラスメイトであり、黒髪ショートの小柄な女子生徒だ。
正直なところ、手元にあるこの短冊にその女子と上手くいくようにと書きたいのだ。
だがそんな事を書いたらどうなるのだろう。
井上が大騒ぎして食いついてくる様が目に浮かんでならない。
からかわれたくない。
では別の願い事にしようか。
家内安全。
それとも健康について。
それが無難であるものの、ピュアで思春期真っ只中の田沼にとって、それは少し恥ずかしい事のように感じられる。
瀬川の言っていたように、まるで正月の初詣のような願い事を書く勇気は田沼にはない。
それをまたからかわれるのも嫌なのだ。
ぐるぐると思考を巡らす。
とりあえず先に飾りを作ろうと田沼はオレンジの折り紙を手にした。
そして心の中でつっこむ。
これ一枚でなにを作れってんだよ…
七夕飾りといえば、輪つなぎや名前の分からないヒラヒラとしたひし形が連なったもの。
オレンジ一色の輪つなぎはいかがなものだろう。
ヒラヒラとしたひし形も同じく。
せめて黄色を選んでおけば、適当に星の形に切り抜けばよかったのに。
なぜ自分はオレンジを選んだのだろう。
再び思考の波に飲み込まれたまま、朝のホームルームの時間を迎えてしまった。
つづく
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