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七夕 その3
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三時間目。
眠気と戦いながら古典の授業を受けているのは二年生の小松。
「られ、られ、らる、らるる、らるれ、られよ。このように…」
と、女性教師が教科書を読み上げる涼やかな声がまるで異国の歌のように聞こえる。
小松は井上、緒方を思わせる元気な姿を見せるが、決して勉強が苦手という訳ではない。
ただ人生の最大の敵は睡魔だと彼は思っている。
とにかく眠い。
「じゃあここ、小松くん分かるかな」
急に教師に名指しされ、小松は夢の狭間から現実に引き戻された。
「はいっ!助動詞です!」
「はい、正解です」
にっこりと笑った女性教師に重たい眼で笑い返す。
危ない危ない…当たってよかった…
心の中で胸を撫で下ろす。
いけないいけない…
寝ちゃダメだ…
小松は瞼を指で摘んで引っ張った。
だが睡魔というものは恐ろしい。
再びその牙を小松に向ける。
頭がやけに重たく感じられる。
いつもよくこの頭をくっつけて俺は走ってるよな…
すごくね…?
自分を褒めて満足した小松はそのまま睡魔との格闘を続ける。
そんな小松の机から一枚の短冊がひらりと床に落ちた。
隣の席の女子生徒が拾い上げる。
なにこれ…
女子生徒は激しくヘッドバットを繰り返す小松の横顔を無表情で見つめた。
織姫に会いたい!!
と油性マジックでデカデカと書かれていたからだ。
年に一度織姫と彦星が会えるこの日。
小松は彦星の権限を奪おうというのか。
彦星になりたいのだろうか。
深まる謎をこれ以上深めないように、女子生徒はその短冊をそっと小松の机に置いた。
昼休み。
緒方は購買へと全力疾走をしていた。
秋月レーダー作動したのだ。
なんだか今日は絶対秋月がたまご蒸しパン食べたがってる気がする!
なぜかは分からない。
でもそんな気がする。
そんな気がしなくても、昼休みは大抵購買に出向く秋月に会う為に緒方は毎日全力疾走をしているのだが。
息を切らし到着した購買。
腹を空かせた生徒達がずらりと並んだ弁当やパンを前にひしめき合っている。
秋月の姿はまだない。
辺りを見回した途端、キャーキャーと女子生徒の騒ぎ声が聞こえた。
これは秋月が姿を現した証拠。
ファンファーレのようなもの。
悲鳴の方へと振り返る。
茶色掛かったサラサラの髪を揺らし、女子の騒ぎ声など耳に入っていないかのようないつもの美しい無表情が歩いて来る。
隣を歩いてるのはサッカー部の山田。
焼きそばパンを買う為か、腕まくりをしながらギラギラとした目を購買に向けている。
「秋月ぃぃぃっ!」
緒方は逸る気持ちを全く抑える事もせずに、大声を上げながら再び秋月の元へと全力疾走。
名前を呼ばれた秋月はその無表情にほんの一瞬柔らかい笑みを浮かべた。
「山田くんちーっす!」
「緒方さんちわっす!」
なぜか合言葉のようにいつもの挨拶を交わす二人。
笑顔で一言二言会話をしてから山田は購買へと突撃して行った。
「緒方さんはなにを買いに来たんですか」
相変わらずハテナマークを付けない淡々とした口調で秋月が問い掛ける。
「ん?今日は喉がやたらと乾いたから炭酸飲みたくなって!」
そう口にしたものの、別になにかを買いに来た訳ではない。
秋月に会いたかった。
それと、放っておくと女子のみならず男子にも取り囲まれる秋月を守る為にここに来た。
といっても、緒方が秋月をガッチリとマークしているのは周知の事。
更に陸上部の三年生がことある事に秋月を気に掛けている。
秋月に声を掛けるのはかなりの勇気が伴う事を周りは知っている。
おいそれと声を掛ける事も出来ない。
秋月が陸上部員達の知らない所で、”姫”と呼ばれているのはここだけの話。
そんな事を知らない緒方の戦いはここから始まる。
秋月が購買へと踏み込むからだ。
ゴチャゴチャとした場所では誰がそれに紛れて秋月に触れるか分からない。
出来るなら秋月をここ待たせて、自分が購買へと踏み込みたいくらいだ。
でもそこまでしては秋月の行動を縛る事になってしまう。
独占欲の強さを自身で認めてはいるものの、秋月の行動を制限したい訳ではない。
そう自分に言い聞かせ、購買へと向かう秋月の背中を見送る。
おいコラそこの女子!見るんじゃねぇ!
そこの男子!さり気なく話し掛けんな!俺のだぞ!
緒方自身も女子からの熱い視線が集まっている事になど気づきもせずに心の中で叫ぶ。
大好物のたまご蒸しパンを手に秋月が戻って来た。
嬉しそうな表情がその手にあるたまご蒸しパンに向けらている。
可愛い…
ホント可愛い…
たまご蒸しパンになりたい…
緒方は抱き寄せたい気持ちを必死に抑え込み、制服を乱しながら戻って来た山田と三人で教室へと向かって行った。
つづく
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