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七夕 その5
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昼休みを終えた五時間目。
一年生の枚方は先程の小松と同じく睡魔と戦っていた。
一年生は全体的にまだ幼さが残っている。
幼い代表は走り高跳びの柴田。
人懐っこい性格と笑顔で同じ高跳びの選手である緒方と秋月を特に慕っている。
一方枚方は同じ中距離を専攻している山梨に憧れていた。
時に厳しく、時に優しく、周りに上手く気を配れる山梨は、男兄弟のいない枚方にとって兄のような存在。
山梨のどこか掴みどころのない発言も、先を見通す観察力も、井上と緒方に向けるどこか呆れたような目も、枚方にとってはそれはそれはかっこよく思えた。
窓から差し込む日差しは夏そのもの。
吹く風も湿気を帯び、穏やかにカーテンを揺らす。
頰杖をつきながら、閉じてしまいそうな目をなんとか開きながら、ぼんやりと数学の教科書を眺める。
昼休みのうちに飾りは作り終えた。
短冊になんて書こうか。
寝ぼけた頭でそんな事を考え始めた。
もっと記録を伸ばしたい。
いや、これはどんなに願ったところで自分の力で成し遂げなくては意味がない。
例えば織姫と彦星がこの願いを叶えてくれたとして、それで例えば日本記録を樹立したとして、そんなの全然嬉しくない。
日々の辛い練習があるからこそ記録が1秒でも縮まれば嬉しいのだ。
では何にしよう。
お小遣いが増えますように。
昔失くした宝物が戻って来ますように。
彼女ほしい。
宝くじ当たらないかな。
もし宝くじが当たったらどうしよう。
半分は貯金する。
残りの半分は両親と妹にあげよう。
お金は人を変えるという。
自堕落にならないように、大人になったらちゃんと仕事をして、たまにちょっとの贅沢をして、いつか結婚して子供が出来たら、残りはその子供の為に取っておこう。
枚方は”宝くじが当たったらどうする?”という、誰もが一度は考えた事のある妄想を膨らませた。
そして寝ぼけたその頭は更に妄想を飛躍させていく。
俺って結婚出来るのかな。
どんな人と結婚するんだろう。
しっかりしてる人がいい。
堅実に家庭を守ってくれそうな、人の事を大切に出来る人。
そこまで考えてふと思う。
俺ってまだ高一なのになんか夢がない…
どうせなら可愛くて、部活が終わるまで図書室で本でも読みながら待っててくれるような、おしとやかで優しい子がいいよな。
うん、優しさは大切だ。
人の気持ちを考えられるような、そんな人と結婚したい。
やっぱ山梨さんみたいな…?
ぐいぐい引っ張る感じじゃなくて、気づくと後ろから支えてくれてるみたいな…?
冷静なだけじゃなくてノリもいいし…?
絶対金遣いとか荒くないし…?
うわ…
山梨さんて絶対嫁スキル高い…
将来仕事が終わって家に帰ったら
「おかえり」
ってエプロン姿で出迎えてほしい。
朝仕事に行く時は
「ネクタイ曲がってんぞ」
なんて、さり気なく直してほしい。
向かい合って一緒に夜ご飯食べてたら隣の部屋で赤ちゃんがオギャー。
「ああ、起きちゃったのか…」
なんて言って赤ちゃんを抱っこして
「ほーら、パパが帰ってきまちたよー」
とか言って…
うん…
いい…
っておいぃぃぃぃ!!
俺はなにを考えてんだ!!
赤ちゃんってなんだよ!!
山梨さんも俺も男だっつーの!!
つーか俺相手だったらどう考えても山梨さんが彼氏で俺が彼女だろ!!
恥ずかしっ!!
妄想爆発恥ずかしっ!!
と、一人で自分を恥じる。
だがここで終わらないのは、やはり枚方が思春期だからなのだろうか。
高一なのに夢がない…なんて思った数十秒前はもう過去の事。
眠気のせいで正常に働かない思考回路がせっせと妄想の手伝いに勤しむ。
でももし俺が女だったらマジで山梨さんと付き合いたいかも…
さり気なくエスコートしてくれそう…
スマートに車道側に立ったりとか…
元気がない時はなにも言わないで傍にいてくれたりとか…
夜に
「会いたい…」
って言ったらチャリ飛ばして会いに来てくれそう…
でもでも涼しい顔して
「お前が会いたいっつったんだろ?」
って笑ったり…
うん…
かっこいい…
っておいぃぃぃぃ!!
だからなに考えてんだっての!!
どうしてこうなった?!
どっからこうなった?!
そうだ!!
七夕の短冊だ!!
もうさっさと書いてしまおう!!
そしたら変な妄想も止まるはず!!
なんでもいいや!!
えっと!!えっと!!
一人百面相の枚方は思いつくままに短冊にペンを走らせた。
”新しいシャーペンがほしい!”
今使っているシャーペンは、枚方の手には少し細すぎる。
グリップが手にフィットするような、そんなシャーペンがほしい。
とりあえず願いを書き終えた事で、枚方は徐々に平常心を取り戻していく。
乱れた乱れた…
いつの間にか額に滲んだ汗を拭う。
いつしか眠気も吹き飛んで、あんな手強い睡魔を吹き飛ばせたのは山梨の妄想をしたせいだと、なぜか山梨に感謝したくなった枚方は、人知れず憧れを募らせるのであった。
無事に(?)全ての授業を乗り越えた陸上部員達は、それぞれ部室へと向かっていた。
二年生の大塚が部室のドアノブに手を掛けた。
大塚は緒方、秋月に次いで背が高く(因みにここだけの話、四番目に背が高いのは山梨)、責任感も強く基本的にはしっかりとした冷静なタイプの人間だ。
正確には冷静なタイプの人間だった。
陸上部に入部して一年と数ヶ月。
特殊な人間の集まりである陸上部にすっかりと染まり、今や彼も特殊な人間の仲間入り。
せっかくの責任感を秋月を守る為のスキルを手に入れる事に費やしている。
彼が一年生の頃、三年生が引退しハードルを専攻しているのは大塚一人になった。
大会が近づけば種目ごとに別れてメニューが与えられるが、つまりそれは大塚は一人でメニューをこなさなければいけないという事。
別に仲良しこよしがしたくて陸上をしている訳ではない。
真剣にハードルと向き合っているし、スタートラインに立つ時は誰もが一人になる。
チームスポーツではないのだから。
それでも一人でメニューをこなすといのは、時に孤独を感じる。
そんな時彼を気に掛けてくれたのは現三年生だった。
三年生にだってそれぞれ自身の練習があるのに、それでも時間さえあれば大塚に声を掛けた。
大塚は三年生に尊敬と感謝の意を抱いておりとても慕っている。
そんな三年生のうちの一人、井上が七夕だからと笹(実際は竹)を持って来た。
短冊は願いを書けばいい段階まで作り上げられ、飾り付けの為の折り紙まで用意されていた。
ちゃんと応えなければならない。
せっかく井上さんが用意してくれたのだから。
そう決意した大塚は、休み時間にひたすら携帯と向き合った。
七夕飾り
と検索を掛け、画像を確認した。
更にそこから
七夕飾り 折り紙
と検索。
更に更に
七夕飾り 折り紙 作り方
と検索をし、クラスメイトの女子からハサミを借りて無事に飾りを作り終えた。
その飾りがドアノブを掴んでいないもう片方の手にある。
壊してしまわぬよう、潰れてしまわぬよう、大切に大切に部室まで持って来た。
本人は至って真剣なのだが、実際そんな事情を知らない生徒達からしたら、それはそれはとても奇妙な光景だった。
身長175cm。
長身の男子高校生が青い折り紙で見事に作り上げたあみかざりをひらひらと風に揺らして歩いているのだ。
しかも真顔で。
時折風が吹いては責任感がまた変な方向へと発動する。
千切れてしまわぬよう、身体全体であみかざりを守るのだ。
その姿はやはり紛うことなき特殊な人間の集まりである陸上部の一員。
周りの視線が集まっている事に気づかない程あみかざりを守る事に神経を集中させて、無事に部室まで守り抜きドアを開いた。
「お疲れ様です」
「お疲れー!」
部室では既に井上と渡辺が着替えを始めていた。
「大塚!それすごいじゃないか!」
渡辺は大塚の手にあるあみかざりを見て驚いた。
仕方ない。
男子高校生とは思えない器用さと丁寧さで作り上げられた、幅に寸分の狂いもない見事なあみかざりなのだから。
「ホントだ!すげぇ!」
井上がキラキラと目を輝かせた。
「壊れないように持って来るの大変でした」
「そうだろうな…繊細な作りだ…」
渡辺は大塚の器用さにひたすら感心している。
大塚はなんだか誇らしくなった。
尊敬する三年生に褒めてもらえたのだから。
「短冊は?ちゃんと願い事書いた?」
井上はキラキラとしたままの視線を大塚に向けた。
「もちろんです」
責任感も強く基本的にはしっかりとした大塚に抜かりはない。
一度あみかざりを慎重に床に置き、大塚は鞄を開けた。
せっかく井上が用意してくれた短冊が折れてしまぬよう、わざわざ教科書の間に挟んで保管してある。
同じようにあみかざりもこうしてここまで持って来るのが正解だったのだが、三人はそんな事には全く気づかない。
「ちゃんと書きましたよ」
大塚は得意気にその短冊を手にした。
「……大塚…」
渡辺はこみ上げてくる感動を飲み込んだ。
”これからもみんなで楽しく部活ができますように”
部長である渡辺にとって、こんな嬉しい願いはない。
飲み込んでも飲み込んでも感動はこみ上げてくる。
そして密かに別の感情もこみ上げてきた。
大塚がこんな事を書いてくれたのに、俺はなんて自分勝手な願いを…
渡辺は自分を恥じた。
そしてこっそり短冊を書き直すチャンスがどのタイミングなら訪れるのか、今日これからの部員達の動きを予想した。
「お疲れ様でーす!」
一年生が揃ってゾロゾロと入室してきた。
人数の多い陸上部。
全員が部室に入ると男子高校生がひしめき合っている状態となる。
早くに部室に着いた者は早々に着替えを済ませ、グラウンドへと向かうのが暗黙のルール。
渡辺はとりあえず部活後の雑踏にまみれて短冊を書き直そうと決めた。
つづく
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