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七夕 その12
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渡辺の感動が最高潮に達していた頃、井上はテンションが最高潮に達していた。
これから七夕らしい事をする。
みんなでする。
楽しい!
嬉しい!
ひゃっほー!
と、飛び上がりたい気持ちを抑えもせずに飛び上がっている。
「井上…楽しいのは分かったからここで跳ねないで…」
瀬川の視線が冷ややかだ。
「楽しい!楽しいな瀬川!」
「……そうだね…」
井上はイベント事が好き。
節分の時にはコンビニの豆を買い占めて来たり鬼のお面も作ったのだ。
部活を無事に終えていよいよ七夕タイム。
テンションが上がらないはずがない。
「よっしゃ!時間掛かるから着替えが終わった人からまずは飾りをつけよう!俺穴あけパンチと糸持ってきてるから!」
井上の準備に抜かりはない。
わっと盛り上がりを見せる陸上部員達。
「俺ちょっと職員室行ってくる!」
と、ミッションをなんとか成功させた渡辺は部室を出て行った。
「笹の葉っぱで手ぇ切らないようになー!」
「岡田さん!それなに作ったんですか?」
「天の川!」
「天の川?!」
「茶色の折り紙で天の川?!」
「納豆が糸引いてるみたいじゃん!」
「つーか大塚上手くね?!」
「芸術的!」
「佐久間のこれなに?」
「ゴリラです!」
「なんでゴリラ?!」
各々の会話ははたから見ているとギャーギャーと騒いでいるようにしか見えない。
黄色の折り紙を手にした者の大半は星を作ったようだ。
作ったと言っても切り抜いただけ。
大小様々、いびつな形をした星が笹(実は竹)に飾り付けられていく。
「秋月さんのこれはなにを作ったんですか?」
三上が首を傾げた。
「……月…」
「満月ですね!まんまる!」
三上は笑ったが、実のところ秋月が作ったのは結局たまご蒸しパンだった。
「山っちのそれ!なんで二色?!」
「一色の輪飾りじゃつまんねぇだろ?瀬川の折り紙とで合作だ」
その手があったか!
と目を見開いたのは田沼。
田沼は結局オレンジの折り紙でカエルを折った。
「田沼さんカエルなんて折れるんですか?!」
興味津々なのは泉。
「おう。他にもイチゴとかは折れる」
「すげぇ!めっちゃ器用ですね!」
田沼はなんとなく折り紙を折っているうちにカエルを作り上げていた。
カエルなんて七夕に関係ないもの作ってどうすんだろ…
少し前まではそう思っていたが、泉の輝く笑顔を見て作って良かったと思えた。
部員達の作った飾りで竹はかなりカラフルに飾り付けられていく。
星や輪飾りやあみ飾りなどちゃんと七夕らしいものから、岡田の作った天の川に佐久間の作ったゴリラ、田沼の作ったカエル。
他にも沖村、落合、真壁が作った紙飛行機に、永島が作ったキツネ、緒方が作った鶴など七夕飾りとは言えないものがメインだ。
「渡辺が戻って来るまで短冊つけるの待っててくれ」
山梨は渡辺に言った通り帰りを待つよう部員達を促した。
部員達は頷くと竹に付けられた飾りを眺め始めた。
「緒方さんの作った鶴!なんすかこれ!足生えてる!」
「ん?普通に鶴作ってしっぽの部分を切って足にするだけ。見た事ねぇ?」
「ないですよ!」
「シュールでやばい!」
緒方が作った鶴にはガニ股の足が生えている。
「足を持ってこうやると…ほら!歩いてるみたいじゃね?」
「うわ怖っ!」
「小さい子には見せたくない!」
練習の疲れも吹き飛びみんな大爆笑。
そんな陸上部の部室から響き渡る笑い声に、他の部の者達はまた何かやってると笑い合っているが、当の陸上部員達は知る由もない。
「俺もそれ作りたい!」
「俺も!」
と部員達が騒ぎ出し、井上が持っていた余りの折り紙で一斉に鶴を折り始めた。
「この風景の方がシュール…」
田沼は苦笑いを浮かべた。
男子高校生がこぞって鶴を折っている風景はなんとも不思議。
「緒方さん鶴出来ました!」
「そしたらこのしっぽをこうやって…半分に切ってこうやって…こうやって…ほら足!」
「ちょー簡単!」
「やべぇ!足の生えた鶴が大量!」
「これも笹につけましょう!」
あっという間に竹は不気味な鶴で埋め尽くされた。
そんな中、ピンクの折り紙を手に固まっているのは秋月。
おかしい…
鶴を作ってたはずなのに…
どこをどう間違えたんだろう…
鶴ってどうやって作るんだっけ…
「秋月?どした?」
フリーズ状態の秋月に緒方が気づいた。
「緒方さん…」
「ん?」
秋月は考え込んだような顔を緒方に向け、緒方はいつものように返事をした。
よく見られる日常風景なのだが、実は毎回この時緒方は心の中で
可愛い!!
と連呼しまくっている。
一見完璧人間である秋月のこのなんとも不安げな表情が緒方にとっては可愛くてたまらない。
だがしかし秋月は真剣だ。
「これなにに見えますか…」
「えっ?うーん………魚!」
そう。
秋月が一生懸命に鶴を折っていた折り紙はなぜか魚のような形になっていた。
「……おかしい…」
「秋月はなにを作ってたの?」
「俺もみんなと同じ鶴を…」
「えっ?!それがなんでこうなった?!」
「分からないから困ってるんです…」
秋月は芸術全般が苦手だ。
それはもう陸上部員にとって周知の事。
それにしても酷い。
芸術は苦手でも手先は器用な方なのに。
いや、器用だからこそ魚に見えてしまうのかもしれない。
折っては元に戻し、戻してはまた折って。
たくさんついた折り目がウロコを思わせてしまう。
ある意味器用。
「鶴がこれになっちゃったの…?」
「なっちゃったんです…」
「鶴作った事ある…?」
「あるはずなんです…」
どうしてこうなったのか。
もはや誰にも分からない。
「もぉぉぉ!可愛い!秋月可愛い!」
緒方が秋月に抱きついた。
これももう日常風景の一部。
「ちょっと緒方さん!離してください!」
秋月は心にもない事を言いながら嫌がるフリをした。
「俺も俺も!脚線美ー!」
井上が混ざろうとするのも日常風景だ。
「井上はダメっ!触んな!」
「緒方ばっかりずるい!」
おバカ二人が騒ぎ始めたがストッパーである山梨も瀬川も完全にスルー。
本気で危なくなるまでもう放っておこうと決めている。
「ただいま!」
息を切らして渡辺が戻って来た。
「ってなんだこの足の生えた大量の鶴!!」
一部始終を見ていた部員達にとっては面白く感じる足の生えた鶴の大群も、経緯を知らない初見の渡辺からしたら恐怖。
「すごくないっすか?!こうやると歩いてるみたいでおもしろいんですよ!」
真壁が心底楽しそうに鶴の足を動かして見せた。
渡辺は夢に出て来ない事を心から願った。
つづく
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