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七夕 その15
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校門を出ると陸上部員は二つに別れる。
駅方面に向かう者と向かわない者。
緒方、秋月以外はみんな駅方面へと向かう。
秋月と岡田は同じ中学だった。
二人が住んでいるのは高校があるこの市の隣街。
それでも通学方法が異なるのは、岡田の家は駅に近く、秋月の家の側からはちょうど高校近くへ向かうバスがあるから。
それだけだ。
でもそれも今となっては良かったと思える。
恋人となった緒方と秋月は誰に怪しまれる事なく自然に二人きりになれる。
秋月が緒方への想いを自覚した公園。
二人は毎日そこへと向かう。
最終バスギリギリの時間までそこで恋人として過ごす。
この時間は二人にとってかけがえのないもので、ここで重ねた時間があったからこそ今の二人の関係があると言っても過言ではない。
そんな場所へと今日も二人は並んで歩く。
「すげぇ蒸し暑い!」
「そうですね」
真夏のような太陽に存分に温められた空気は湿気を帯びている。
今日は熱帯夜になるかもしれない。
二人は自動販売機でそれぞれスポーツドリンクを購入し、公園へとやって来た。
青々と茂った草をかき分けいつもの木の下へ。
「ねぇ秋月!これ見て!」
と、緒方は鞄に手を突っ込んだ。
「じゃーん!見えない網戸!」
「……そんなもの鞄に入れてたんですか…」
梅雨はまだ明けないものの気温は高くなっている。
ここは木や草のある公園。
当然蚊がいる。
昨日ここで秋月がかなりの数の蚊に食われた。
緒方も食われていたのだが、なぜか秋月の方が大量に食われていた。
吸血するのは蚊の中でもメスのみ。
秋月は蚊にもモテる…
と、緒方は密かに馬鹿な嫉妬をした。
秋月の肌に触れるものは例え虫だろうが許さない。
それに何よりも痒みに耐える秋月が可哀想だったから。
痒い痒いと騒ぐ姿は可愛らしくもあったのだが、秋月に害をなすものは許さない。
「更にじゃじゃーん!蚊取り線香!」
「……そんなものまで…」
昨日秋月を乗せたバスが見えなくなると、緒方はドラッグストアへと全力疾走した。
特設コーナーが設けられた虫対策グッズが並んだ場所へと一直線。
まず手にしたのは虫除けスプレーだった。
これが一番効果がありそうだ。
秋月の肌は白い。
日に焼ければ黒くもなるが元々色素が薄いのだ。
実際そんな事はないものの、なんとなく秋月は肌が弱そうなイメージを抱いていた緒方は、とにかく肌に優しそうなものを選んだ。
そこでふと思った。
いくら肌に優しくてもこのスプレーしたとこにちゅーはまずい気がする…
もちろん唇にスプレーを吹き付ける事はしないが、制服から肌が出ている場所はとことん食われていた。
腕も首も頬も食われていた。
そこにスプレーしちゃったらちゅー出来ねぇじゃん…
これは大問題。
緒方はそっとスプレーを棚に戻した。
この塗るタイプのもまずいよな…
どうする…?
どうすればいい…?
そこで手にしたのが見えない網戸とCMで謳われている商品だ。
これならば直接肌に触れる事はない。
だがしかし公園は家でもなければ部屋でもない。
四方八方から襲い掛かる蚊をどの程度シャットアウト出来るのか分からない。
そこで更に手にしたのは蚊取り線香。
蚊取り線香は緒方が産まれる前から存在している。
効果が認められているという証拠だろう。
蚊取り線香があれば心強い。
だがここでまたひとつの問題が。
公園で火使ったら危ねぇよな…
火がついた蚊取り線香を草の生えた地面に直に置くのは危険だ。
このブタの蚊取り線香入れるやつはさすがに毎日持ち運べねぇし…
と、眉間にシワを寄せた瞬間
すげぇ…
なんだこれ…
いいものを見つけた。
蚊取り線香皿だ。
火をつけた蚊取り線香を皿のような容器に入れる。
しっかりと蓋を閉めれば吊り下げる事も出来る。
これなら山火事にならねぇじゃん…
しかも持ち運べるサイズだし…
と購入を即決。
更に更にブレスレットタイプの虫除けを手にしていそいそとレジへ向かった。
危ねぇ!
これも買わねぇと!
レジの横に電池と共に並んでいたライターも一本手にして会計を済ませた。
こうして万全な体制を整えたのだ。
「ちょっと火つけてくるな!秋月はこれ開けてて!」
「分かりました」
秋月は見えない網戸の開封を任された。
緒方は一度ブランコの前に移動して蚊取り線香に火をつける。
草や木にライターの火が燃え移らないようにという配慮なのだが、草むらに取り残された秋月がこの隙に蚊に食われている事にまでは気が回らない。
蚊取り線香にしっかりと火がついた事を確認して急いで秋月の元へと戻る。
「これここに吊るしておけばいいですかね」
「うん!蚊取り線香は下に置いておこう!」
見えない網戸は木の枝に、蚊取り線香は二人のすぐに傍に置かれた。
「あとこれもつけてて!」
「……え」
秋月の腕にブレスレットタイプの虫除けを通す。
「よし!きっとこれで大丈夫だ!」
子供のようにぱっと笑った。
そんな様子に今度は秋月がふふっと声を出して笑った。
「えっ?!なに?!なんで笑ってんの?!」
「だって…」
一生懸命な姿が愛おしかったから。
緒方が買ってきたブレスレットはひとつ。
自身も蚊に食われていたのに相変わらず秋月の事ばかりを考えていたのだと、ちゃんと秋月に伝わった。
「ありがとうございます」
虫除けグッズを前にあれこれ手にして悩む緒方の姿が思い浮かんだ。
秋月の胸の中に温かい気持ちが広がる。
そんな気持ちが笑顔になって、緒方の胸にも温かい気持ちが広がった。
そっと秋月を抱き寄せる。
秋月は緒方の背中に腕を回すとほっと息をついた。
緒方はいつも思う。
このまま腕の中に閉じ込めておきたい。
何ものに触れさせず、誰の目にもつかない場所に閉じ込めてしまいたい。
でも人形のような秋月が欲しい訳ではない。
秋月は秋月のままでいてほしい。
その突拍子のなさに振り回され驚かされ、そんなところも全てが愛おしくてたまらない。
ずっと抱き締めていたい。
片時も離したくはない。
でも
「……暑いな…」
「……暑いですね…」
気温と湿度の高い中、べったりとくっついていれば当然暑いだろう。
今度はひんやりするグッズを買おう…
緒方は密かに決意した。
つづく
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