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七夕 その17
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まずい…
このままじゃまずい…
右手が悪さをしようとしてる…
「そういえば今日の昼休みにな!」
早くも煽られまくっている緒方は明るく話題を変えた。
緒方はとにかくあちらこちらから興味を拾ってくる。
次から次へと移り変わる話題は、しっかり聞いていると混乱してしまう。
しっかり聞いていなくても混乱するので、こういうものなのだと心得ておいた方がスムーズな会話が成立する。
でもそんないつもの移り変わる話題の中には、緒方が煩悩を忘れ去るという目的の場合がある事を秋月は知らない。
まだ二人がただの先輩後輩の関係だった頃。
秋月はよく緒方の話を聞いて混乱していた。
次から次へと開け放たれる話題の引き出しの豊富さに驚きながらも、適当な相づちを返していた。
恋人になってからは時折唐突に秋月への質問などが投入されるようになった。
それを聞き逃さない為に、以前よりもしっかりと話を聞くようになり質問に応えるようになった。
とにかく緒方から一方的に話し掛ける事がほとんどだったのだ。
それは話題に乏しい秋月にとってはありがたい事でもあった。
今でも緒方が話している時間の方が長くはあるものの、秋月から話題を振る事も増えた。
時には一緒になって大声を出したり、一緒に赤面したり。
相変わらず声には抑揚はないながらも、感情や表情がとても豊かになった。
いつしか緒方が一方的に話し掛け続ける事はなくなり、ちゃんと会話を交わしている。
はたから見ると二人は似通ってきているようにも思えた。
二人がどこかズレた事を真剣に話し合っている姿は、呆れる事もあるが微笑ましい光景だ。
そうやって二人は毎日何気ない事をたくさん話す。
選手の顔をして高跳びについて話す事もある。
恋人としてひたすら甘い時間を過ごす事もある。
秋月が泣きながら必死に言葉を紡ぐ事もある。
今日の話題はやはり七夕の事へと移り変わった。
二人きりの時間ももちろん幸せなのだが、仲間達とわいわい騒ぐ時間も二人にとってとても大切な時間。
毎日必ず部活の話もする。
「あの足の生えた鶴、どこで覚えたんですか」
「んー?小学生の頃だった気がする!誰が一番気持ち悪い鶴作れるかって勝負してた!」
「……どんな勝負ですか…」
「あの足をさ、鉛筆にくるくる巻くとくるくるの足が出来て結構気持ち悪いんだ!」
「でしょうね…」
「あとはめっちゃ折り目つけたり!足にたくさん切れ込み入れたり!」
もはや鶴ではない…
と、秋月は苦笑いを浮かべた。
「秋月はどこで鶴じゃなくなっちゃったんだろうな!」
「……さぁ…」
それが分かればあんな魚のような形をした不思議な作品は出来上がらない。
「緒方さんも子供の頃折り紙とかしてたんですね」
「そりゃあするだろ!でもだいたい外で遊んでたかな!夏休みは朝から虫かごと虫あみ持って近所うろついてたし!」
秋月の頭の中に浮かんだのは、麦わら帽子を被り虫かごを肩に掛け、虫あみ片手に満面の笑みを浮かべる幼い緒方。
似合いすぎる。
秋月も同じような事をしていたはずなのだが、どうにもあまり記憶にない。
緒方の話を聞いてそうだった気がする…と思う程度だ。
「みんなの短冊おもしろかったですね」
「な!シャーペン欲しい枚方からのノートが欲しい田沼とかめっちゃ笑った!」
今日は秋月にとっても緒方にとっても特にモヤモヤとするような出来事はなかった。
楽しい会話が続く。
「なんか大塚が作ってたあみ飾り?だっけ?あれを大塚は抜き足差し足忍び足状態で持って歩いてたんだって!それ見てバスケ部がみんな笑ってたらしい!」
「……どうして手で持ってたんですかね…鞄に入れておいた方が壊れないのに…」
「さぁ…大塚ってすげぇマジメだけどさ、そのマジメさの使い方がおかしい時あるって渡辺が言ってたぞ!」
「……なるほど…」
「そんで昨日カブトムシについてテレビでやっててさ!」
「はぁ…」
「結局CMで見た新発売のアイスが美味そうで!」
「はぁ…」
「だから夏休みになったらうちでかき氷作らない?」
接続詞がとことんおかしい。
「緒方さんの家でかき氷作れるんですか」
秋月はいつの間にか緒方とスムーズな会話をする為のスキルを手に入れた。
「うん!手動のやつだけど!ゴリゴリ氷削ってメロンのシロップかける!」
そういえば花火大会に行った時、緒方がかき氷はメロンしか認めないと言っていた事を秋月は思い出した。
秋月はイチゴのかき氷にした。
そのかき氷を手に土手へと移動して、夜空に咲き誇る花火を眺めた。
それから手を引かれて桜の木の下まで歩いた。
初めて舌の触れるキスをした。
あの時は何がなんだか分からなくて、あんな風に強引に求められたのも初めてで、とにかく初めてづくしの経験に戸惑いながらも必死に受け入れた。
制服の隙間から差し込まれた長い指が鎖骨を撫でて、自分のものとは思えない甘い声が漏れて気づけば背中にしがみついていた。
そんな事を思い出して秋月はまた一人で恥ずかしくなってしまった。
恥ずかしくなってもやはりその表情に変化はない。
でもつい緒方から視線を逸らしてしまった。
そんな些細な事にも緒方は気づく。
「秋月?どしたの?」
「……いえ…」
秋月が恥ずかしそうにしてる…
かき氷の話してただけなのに…
なんでだ…?
かき氷…
そういえば花火大会で一緒にかき氷食ったな…
秋月はイチゴの食べてたから舌が真っ赤になってた…
ひとつずつ記憶を辿る。
あん時初めて大人のちゅーした…
秋月めっちゃ可愛いかった…
なるほど…
その事思い出して恥ずかしくなっちゃったんだな…
ホントに可愛いんだから…
見事に秋月の心境を察した緒方の胸にムクムクととある感情が沸き起こった。
……いじわるしたい…
ここで緒方が
「あの時の事思い出しちゃった?」
と唇で三日月を描けば、秋月は確実に赤面するだろう。
違うと慌てふためくはず。
図星を突かれて慌てる秋月は可愛い。
バレバレなのになんとか誤魔化そうとして結局誤魔化せない秋月はとてつもなく可愛い。
……よし…
緒方は指先で秋月の顎を持ち上げた。
途端秋月の心臓が跳ねた。
この時ばかりは秋月も表情を変える。
驚いた瞳は丸くなる。
顔を強張らせて緊張を走らせる。
でも怖いと思っている訳ではない。
顎を持ち上げられた先にはいつも甘い展開が待ち受けている事を知っている秋月の表情は、どこか無防備で儚く色っぽい。
食べちゃいたい…
心臓が跳ねた事を全く隠せない表情に自然と緒方の口角が上がる。
触りたい…
そんな衝動を抑えきれない。
このまま一気に畳み掛ければエロいと口に出来る展開に持ち込めるだろう。
今日こそはエロいと言いたい。
確実に気のせいだが山梨が応援している気がしてくる。
とにかく一気に畳み掛けなくては駄目だ。
気を抜けば秋月はまた鈍さと天然丸出し発言で雰囲気をクラッシュしてくる。
強引にでも雰囲気を作り出し、大人の世界に引きずり込まなくてはならない。
驚いてる今がチャンス。
驚いていてもクラッシュされる可能性は捨てきれないが、それでも通常時より何倍もチャンスだ。
抑えきれない衝動のままゆっくりと秋月に顔を寄せる。
ここで緒方ははっと気づいた。
……待てよ…
とんでもない事に気づいてしまった。
あの時秋月はイチゴのかき氷を食べたから舌が真っ赤になってた…
俺はメロンを食べた…
つまり
……俺の舌って緑だったんじゃね…?
今度は緒方の目がまん丸になった。
えっ?!
待って?!
緑だったのって舌だけ?!
実は唇とかも緑だったんじゃね?!
うわクソかっこ悪いじゃん!
緒方はパニックに陥り始めた。
仕方がない。
あの時緒方はイケイケでグイグイと攻めていたのだから。
口が緑って宇宙人じゃん!
俺宇宙人状態で秋月に初めて大人のちゅーしたの?!
記念すべき初の大人のちゅーだったのに?!
マジか…!!
好きな人の前でかっこよくありたいと思うのは男の性。
そしてメロンのかき氷を食した者が舌を緑に染めるのは運命。
大ショックだ。
実際にあの時緒方の舌は緑になっていた。
でも秋月はそんな事にまで気が回っていなかった。
緒方の失言で昔の恋人の存在を気にしていたし、急に手を引かれた事に驚き、いつもと様子の違う緒方に戸惑っていた。
空はもう暗くなっていたし、桜の木の下ともなれば更に辺りは闇に飲まれている。
だから緒方の舌が緑だった事には気づいていないし、気づいていないのだから当然覚えてもいない。
だがしかし緒方は大パニック。
ただの汗に紛れて冷や汗が出てくる。
一方秋月は緒方の様子がおかしい事に気づき始めた。
顎を持ち上げられたものの、緒方は目を丸くするだけで何も言わないし何もしてこない。
どうしたのだろう…
首を傾げたくなった秋月も瞬間はっとする。
……またドキッとしたのがバレてるんじゃ…
ここまでは正解だ。
もしかして俺…
ものすごくはしたない顔してたとか…
思考を巡らせるも早くも間違った方向へと進み始めた。
ドキドキしながらもちょっとだけ期待してるのがバレたのでは…
でもちょっとだけ…
ほんのちょっぴりだけ…
だって緒方さんてこういう時別人になるから…
別人になった緒方さんには従いたくなっちゃうし…
でもそれが顔に出て俺がものすごくはしたない顔してるのに驚いてるとか…
検討外れだが緒方からしたら結果オーライ。
秋月の心臓は焦りと緊張でバクバクと音を立て始めた。
そして密かに慌てる秋月の様子に今度は緒方が気づいた。
……ん?
秋月めっちゃ目が泳いでる…
しかも更にドキドキしてる…
……これはもしかして期待してる…?
大正解ではないが不正解でもない。
てか俺が宇宙人だった事まで今は考えてない…?
これこのままいけるんじゃね…?
「……思い出しちゃった?」
平常心を装いながら先程言おうとしたセリフを口にしてみる。
ここで緒方が先に口を開くあたり、やはり秋月は受け体質だ。
「ちがっ…!」
案の定秋月は一気に赤面して慌て始めた。
よしっ…!
緒方は心の中で強く拳を握った。
いける…!
これはいける…!
再び緒方の口角が上がった。
つづく
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