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超難題無茶振り迷路 その1
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語り:陸上部三年生 瀬川祐
今日は待ちに待った、とまではいかないけど、楽しみにはしていた文化祭。
うちの文化祭はなかなかレベルが高い。
ちょっとおかしな方向にだけど。
今年はあの橘が文化委員という事もあってか、準備段階から盛り上がりが尋常じゃなかった。
客観的に見たらどのクラスも悪ノリしまくりなんだけど、その悪ノリが主流になってもはや普通に。
集団心理の恐ろしさ、いや素晴らしさを感じる。
音楽も高らかに文化祭はスタート。
一気に盛り上がる学校の雰囲気。
こういった騒がしいイベントは元々そんなに好きじゃなかったけど、高校生になってからは楽しめるようになった。
それはきっと陸上部にいたおかげ。
楽しんだ者勝ち。
せっかくならとことん楽しんだ方がいい。
そんな事を陸上部のみんなに、主に奇跡的なおバカ二人に教わった。
なんて、調子に乗るから言わないけど。
とりあえず俺は前半の途中から自由時間。
うちのクラスは出し物的に係の仕事がそこまで大変じゃない。
率先して動き回る緒方の姿をよく見たし、山梨なんて毎日井上のクリオネ手伝ってたし。
それに比べたら準備も楽な方だったと思う。
カルタを読み上げたり、明らかな他人同士に魚釣りの対戦を組ませて盛り上げたり。
一通り仕事を終えたところで自由時間になった。
仲のいいクラスメイト二人と共に三人で廊下に出ると、笑い声や呼び込みの声が飛び交っていた。
「瀬川は一年のクラス全部まわりたいんだろ?」
「うん。ていうか陸上部がいるクラス全部」
二、三年生も合わせると相当な数。
「特に一年、二年のクラスは行きたいなぁ」
「何気に後輩思いだよな」
「まぁね」
後輩達は可愛い。
こんな自分を慕って瀬川さん瀬川さんと笑顔で話し掛けてくれる。
廊下を歩いてれば特に用もないのに、大きく手を振って駆け寄ってくる。
面倒事は好きじゃないはずなのに、その面倒事も陸上部のみんなといると楽しくさえ思うよになった。
出来る事なら引退なんてしないで、いつまでもみんなと一緒に走ってたかったな…なんて今でも思う。
精一杯やってきたつもりの陸上部生活。
なのに終わりが近づけば近づくだけ、もっと色々な話がしたかったとか、もっと出来る事があったんじゃないかとか、そんな事を何度も思った。
でも引退のあの日、ぐじゃぐじゃになって泣きじゃくる後輩達を見て、少し救われた。
あの子達にほんのわずかでも何かを残せたのかなって。
そんな大切な大切な後輩達のクラスに行きたいのは当然。
「とりあえず片っ端から行ってみっか!」
こんな俺に付き合ってくれる友達にも大感謝。
「ありがとね」
「なにが?瀬川の行きたいクラス行けば俺の後輩のクラスもほぼコンプだし」
「俺も!」
陸上部の騒がしさも好きだけど、常に会話の成り立つこの二人と一緒にいるのも好き。
「後輩の所も行きたいけどさ、とりあえず一組行ってみねぇ?さっきの橘の放送気になるんだけど」
「うん、俺も気になる」
一組は渡辺のクラス。
確かに昨日、橘が戻って来ない!って文化委員が探し回ってた超難題無茶振り迷路。
なんだかわくわくする。
「いらっしゃいクネ〜!」
「お、あれ井上の声じゃん」
「……うん…」
声が大きいのは知ってる。
でもクネってなにクネって…
クリオネだから…?
それってどういう事…?
まだ完全にクリオネ化した井上を見てはいないけど、楽しみ半分怖さ半分…
でもくだらない予感しかしない。
「……深く考えると混乱するから…とりあえず一組行こう…」
「……瀬川…早くも薄ら笑いが怖ぇよ…」
気にしたら負け…
自分に言い聞かせて一組へ。
橘の放送効果か、一組の前の廊下には既にどのクラスよりも長い列が出来てる。
誰もが笑顔でまるで遊園地にでも来た気分。
説明を受けてスタンプカードを受け取りいざ入室。
「わー…思ってたよりすごいね」
早くも先が思いやられるようなハイクオリティな迷路。
「いや届かねぇ!」
「こんなの教科書に載ってた?!」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
教科書って事は、何かしらの問題が出るという事だろう。
届かないとはどういう事なのか。
とにかく楽しみ。
「ミッションあった!」
まず最初に辿り着いたのは、机と椅子が並べられた空間。
「ようこそ!なんか久しぶりだな瀬川!」
「小林じゃん」
小林は二年生の時に同じクラスだった、元クラスメイト。
「さぁさぁ座ってくれ!」
ここで何かしらの問題を解くのかなと思った。
でも小林の他に女子が四人。
係の数が多すぎる気がする。
「ここはラブレターを書くミッションだ!」
「よし、次行こう」
「いや待てよ瀬川!」
「せめて説明くらい最後まで聞こうぜ!」
友人二人に腕を引かれると、盛大なため息が。
ラブレターってなに…?
なんで俺がそんなものを…
「ルールは簡単!その紙にラブレターを書いてくれ!好きな人がいる人はその相手に向けて!いなければ架空の相手に向けて!書けたらそれを読み上げてもらって、ここにいる女子四人がキュンと来たらミッションクリア!簡単だろ?」
にこっと笑った小林が恨めしい。
「読み上げるって…?書いたのを朗読しろってこと…?」
「そういう事だ!」
再び小林が恨めしい。
「百歩譲って書くとこまではいいとして…読み上げるとか絶対やだからね…」
冗談じゃない。
千歩譲っても無理。
「旅の恥はかき捨てって言うだろ?」
「……あれ…?俺って旅してたんだっけ…?」
文化祭の途中なはずなんだけど。
「人生は旅のようなものだって言うじゃん!」
「……いや…人生規模で恥を捨てちゃうと、羞恥心を忘れただけの変人になるから…」
井上みたいに。
「とにかく無理…ここは諦めようよ…」
嫌でたまらない。
「ここ諦めたらその時点でクリア出来ないの確定じゃん!」
「そうだよ!やるしかないって!」
「人生という名の旅を終わらせたいくらい無理…」
絶対に嫌だ。
「ちなみにスタンプ全部集めると遊園地のペアチケットをプレゼント!」
「えっ!」
「欲しい!」
「誰が貰うか喧嘩になるようなら、換金して三人で現金ゲットなんて事にするのもあり!」
あの手この手でなんとか挑戦させようとしてくる小林が、通販番組の人に見えてきた…
「書こうぜ瀬川!」
「やってみて駄目なら仕方ないけどさ!やりもしないで諦めるのはもったいないじゃん!」
「そうそう!ここで何もしないで諦めるとか陸上部の後輩が泣くぞ!」
「ここで後輩を持ち出さないでくれる…?」
部活関係だったり後輩関係ならそりゃあ苦手な事にも全力で臨むけど…
「俺的にはペアチケットを買う方が安く感じられる案件なんだけど…?」
心底やりたくない。
「とりあえずさ…一回ここスルーして他のミッションやってみない…?」
初っ端から無茶振り過ぎる。
他の無茶振りに慣れてテンションが上がれば、ノリで書けるかもしれない。
「まぁそれでもいいけど」
「という事で小林…また来るから…」
「分かった!」
とりあえずもっと別のミッションをやってみたい。
「あれ?ここさっき通らなかった?」
「え?そうだっけ?迷路のクオリティ高ぇなぁ」
迷いに迷ってやっと辿り着いたのは
「お、もう他のミッションクリアしてきたの?」
「……小林…」
またラブレターを書くミッション。
「戻って来ちゃったのか…」
この迷路を考えた人はすごい。
どこを見ても同じ色の壁。
折り重なるような道順で方向感覚がおかしい。
どこを歩いてるのか分からなくなる。
「もう一回他のミッション探しに行こう…」
再び三人で迷子。
「ここさっきも通ったっけ?」
「迷路ってずっと片方の壁に沿って歩けば絶対にゴールできるものなんだよね」
ものすごく時間は掛かるけど。
「それ考えながら歩いてるから、今度こそ違うミッションに辿り着けるはず」
「おー…さすが瀬川…」
「頼もしい…」
「田沼ぁー?どこ行ったー?三年四組田沼健太くーん!」
「瀬川、田沼が呼び出されてんぞ」
「……そうみたいだね…」
「江藤ー!どの辺にいんのー?」
「あ、田沼の声」
「……うん…」
はぐれて迷子になっちゃったのかな…
「うちの部員って何かと目立つよね…大人しくしてるの俺くらいなもんだよ…」
緒方、井上を筆頭に、みんな個性が強すぎる。
「いや…瀬川もだいぶ目立ってるぞ…」
「え?どこが?俺なんて個性の欠片もないつまらない人間だよ」
「うん…知らぬは本人ばかりなりって言うよな…」
「あ、開けた所に出そう」
さぁ、どんなミッションが待ち構えているのか。
「お、おかえりー!」
「えぇ…?なんでまた小林が…」
同じ場所に行かないようにちゃんと気をつけてたはずなのに…
田沼に気を取られて間違えたのかもしれない…
田沼のせいにしておこう…
「三度目の正直!もうやっちゃおうぜ!」
「えー…?やだぁ…」
全然テンション上がってない…
「他のクラス行く時間なくなるぞ?」
「……それは確かに…」
みんなのクラスに行ってみたい。
ここで時間を食う訳にもいかないか…
「よしやろう!」
「やっぱりクリアするの諦めない…?」
「ダメ!チームワーク大事!書くぞ!」
どうしてこの二人はこんなにノリノリなんだろう。
ため息の連発が止まらない。
「……分かったよ…」
心底嫌だけれど、何事も楽しむのが大切だって知ったから。
「よし!」
「やろう!」
とりあえずペンを握ってみたものの、書き出しの一文字目からどうすればいいのか分からない。
「……うーん…」
「難しく考えすぎだぞ瀬川。素直な気持ちをしたためればいいだけだから」
「……それが難しいんだってば…」
どうしよう…
素直な気持ちってなんだろう…
恋愛における俺の素直な気持ち…
「……よし」
思いつくがままにペンを走らせる。
とにかく早く書き上げて早く読む。
それだけに集中。
「書けた」
「もう?!あんなに嫌がってたのに?!」
「感情移入したら負けでしょ」
「感情移入しないラブレターってなんすか…」
「いいから早く書いちゃって。さっさと終わらせよう」
深く考えたら駄目。
「うわ待って…?ラブレターって難しい…」
「俺も今更すげぇ恥ずかしくなってきた…」
「二人がやろうって言ったんだからね。頑張って」
「書けねぇ進まねぇ…」
「書き出しが分からなければ、終わり方も分かんねぇんだけど…」
あんなにやる気だった二人のペンはなかなか進まない。
「おい緒方!秋月貸してくれ!俺達にも教えてくれ!」
「お前らさっき秋月が言ってたの聞いてたじゃん!」
「聞いても分かんねぇよ!もっと簡単に!」
どっかで緒方が誰かと騒いでる。
あのバカップルもここにいるらしい。
「……よし…これでいいや…」
「俺も書けた…」
なんとか全員完成。
「じゃあ誰から読む?」
「はい。俺読む」
「瀬川から?!あんなに嫌がってたのに急にやる気なんですけど!」
早く終わらせたいだけ。
「読むよ」
感情移入したら負け。
とにかくさっさと終わらせるしかない。
「”男のくせにラブレターなどと、そんな女々しい手段を使うのは気が引けるが、30秒だけ時間をください”」
「男らしー…期待出来るー…」
小林がなんか言ってるけど気にしない。
「”恋というものはいわば脳の異常興奮状態。つまり冷静を失っている状態。その相手は本当に思い描いた通りの人物か?曇りなき眼で見定める事が本当に出来ているのか?まだ高校生の分際で、恋愛フィルターなしで相手を見極めるなんて事は困難なのだと自覚はあるのか?”」
「まさかの説教始まった!」
「”俗に言う理想の恋愛はフィクションに影響されすぎだ。おとぎ話ではカップルが成立してめでたしめでたし。でも人生はそんなに甘くない。カップルが成立してからが難しい。愛しい人を想い、眠れない夜なんて俺にはない。そんな俺と付き合ってください”」
「絶対やだ!!」
「はいおわり」
「なんっだよそれ!!」
「ギャグじゃねぇか!!」
なぜかみんな大爆笑。
笑いを取りに行ったつもりは全くないのに。
「こんなラブレターもらったら恐怖だわ!」
「そう?でもこれが俺の素直な気持ちだよ」
「なんでも素直に書けばいいってもんじゃねぇだろ!」
「くそウケる!」
「これ書いたのが瀬川ってのがとにかくウケる!」
どういう意味だろう。
「で、どうなの?キュンとしてくれたかな?」
判定を下す四人の女子は、お腹を抱えて震えている。
これはもらった。
「瀬川くんごめん…!」
「笑いしか出てこない…!」
「……えっ…?」
「ラブレターなのか何なのか分からない…!」
「瀬川くんだからギャグで済むけど…!他の人だったらただのやばい人だよ…!」
「……えっ…?」
「瀬川すげぇショック受けてんじゃん!!」
「腹痛てぇ!!」
つづく
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