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仕方ない
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語り:陸上部二年 渡辺朔夜
※現三年生が二年生の頃のお話しです。
「本日のギダイ!なぜ秋月はモテるのか!!」
高校に入って二度目の夏合宿、二日目の夜。
「井上今ギダイってカタカナで言っただろ?!」
井上の突然の大声に田沼はすかさずツッコんだ。
「ただえさえ暑いのに、井上って本当暑苦しいよね」
瀬川は爽やかに笑った。
「騒ぐと戸倉さんに怒られるぞ。静かにしろ」
山梨は胡座をかいた。
「秋月に会いたい…」
緒方は開け放たれた窓の外を見つめた。
一年以上一緒にいるこのメンバーとの合宿は楽しい。
個性豊かだとは思うけど嫌味な奴もいないし、喧嘩したり気まずい雰囲気になった事もない。
春から二年生になって、自分達は先輩になった。
だからもちろん後輩が出来た。
その中にちょっととんでもない美形の一年生がいる。
愛想はないが美しいと思う。
男の自分でもそう思う。
女子が騒ぐのも当然だろう。
井上がなぜモテる事を不思議に思ったのか、それが不思議だ。
「なんでって…あの顔じゃ仕方ないだろ」
思わずそう口にする。
「可愛いから…」
ほぼ同じタイミングで、緒方がそう言った。
きっかけは知らないが、緒方は秋月に恋をしている。
一緒にスパイクのピンを買いに行った事を喜んでいた。
男同士なのは緒方にとっては関係ないらしく、緒方がそれでいいなら自分がどうこう口を出す事ではないし、そもそも別に自分も変な事だとは思わない。
誰も緒方にその理由を聞かない。
だから緒方がどうして秋月を好きなのかは誰も知らない。
緒方はとにかく秋月が可愛いと言う。
綺麗な部類だと思うのだが。
「秋月って無愛想じゃん…?」
緒方がそう呟いた。
「そうだな」
間違いない。
「口数少ないし、いっつも口閉じてんじゃん…?」
「そうだな」
「その秋月が声出そうとして口開く瞬間とかさ…たまんねぇよな…」
「緒方マニアック過ぎねぇ?!」
「あとさ…」
田沼のツッコミは緒方の耳には入っていないようだ。
「座ってる秋月に声掛けるとこっち見上げるじゃん…?」
「そうだな」
「死ねる……あとさ…」
まだ続ける気だろうか。
「振り返りざまの流し目とかさ…生命の危機を感じる…」
「ダメだコイツ…病気…」
田沼はツッコミを入れる気を失ったようだ。
「秋月って指も綺麗だよな」
以前戸倉さんに言われて部室の窓の鍵を閉める秋月の指が、長くて綺麗だった事を思い出した。
「渡辺ぇぇぇぇぇっ!!」
緒方が鬼の形相で飛び掛ってきた。
「すまん!別に変な意味じゃなくて!」
ガシッと肩を掴まれた。
「よく分かってるじゃねぇか…!」
「…………あ、うん」
余りにも真剣な顔。
驚き過ぎてそれしか言えなかった。
「あーそう言えばこの前さ」
部屋に敷き詰められた布団に横になりながら、瀬川が口を開いた。
「秋月が一人で渡り廊下歩いてたんだよね。なにしてたのか知らないけど」
「なんだと?!さぞや可愛かっただろうな…」
緒方は枕を抱き締めた。
「で猫が入り込んでて」
「天使のようだっただろうな…」
「秋月しばらくその猫をじーっと見ててさ」
「この世のものとは思えない景色だな…」
「ニャアって言ってた」
「………………ジーザスっ……!!」
緒方は仰け反って布団に倒れ込んだ。
「緒方、落ち着け」
山梨が呆れたようにため息をついた。
「俺移動教室で周りに女子がいたんだけどさ、キャーキャー騒いでたよ」
「俺なら心臓麻痺…」
緒方はプルプルと震えている。
「あーあと別の日に秋月がさ」
「瀬川っ!どんだけ秋月見てんだよ?!」
ガバッと緒方が顔を上げた。
「たまたまだよ。秋月が廊下歩いてたんだよね。一人で」
「夢のような光景だな…」
緒方はまた枕を抱えた。
「そしたら窓から葉っぱが入ってきてさ」
「葉っぱも秋月に近づきたかったんだろうな…」
「秋月その葉っぱ拾って窓の外に出そうとしてて」
「優しいな…」
「おい山梨…緒方大丈夫か?」
「ほっといてやれ」
田沼の小声に山梨がまたため息をついた。
「でも風でまたその葉っぱ戻ってきちゃって」
「秋月から離れたくなかったんだな…」
「それをまた拾って窓の外に出すんだけど、風強くて何回もそれ繰り返してて」
「…………俺死んだ」
緒方はまた倒れ込んだ。
「ちょっと角度変えればいいだけなのにさ、あれ完璧天然だよね。見てた女子達悶絶してたからね」
「うん…天然記念物のように可愛い…」
確かに普段の秋月からは想像出来ない姿だ。
「秋月ってあの顔でモテるのに嫌味な所とか一切ないしな…無気力な感じなのに高跳びになると目が変わるし…」
そう言って山梨も横になった。
「それで天然が入ろうものならモテて当然だな…って事だ井上」
山梨の声に井上の返事はない。
「井上寝てるぞ…」
自分の声に田沼、山梨、瀬川の目が輝いた。
横になっていた山梨、瀬川に至っては、その字の如く飛び起きた。
「おいっ!誰かペン持ってないか?!」
「なんて書く?!」
「”恥”でいいんじゃない?俺油性持ってるよ」
「「さすが瀬川!!」」
井上が言い出した議題だったのに、当の本人は結論を待たずして眠ってしまった。
三人は楽しそうだし、緒方は枕を抱えたまま起き上がろうとしない。
昼間の練習で疲れていても、このメンバーと一緒にいると、その疲れさえも心地いい。
瀬川の話しを聞く限り、確かに秋月が可愛いと言う緒方の気持ちも分からなくはない。
緒方は自分達より秋月を見ているのだろうから、もっともっと色々な秋月の姿を知っているのだろう。
だったらまぁ仕方ない。
そしてそんな秋月がモテるのも当然。
仕方ない。
そんな風に思った、高校生活二度目の夏合宿、二日目の蒸し暑い夜の出来事。
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