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祭りの日に(双黒)
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「太宰さん、今晩夏祭りがあるそうですよ!最後に花火もやるって!」
「今日は大きい仕事も無いし、久しぶりにみんなでどうだい?社長にも声をかけてみたら、出店もあるようで、乱歩さんもはしゃいでいるし、行ってきていいってお許しも貰ってあるよ。」
買出し(与謝野先生の荷物持ち)の途中で、夏祭り開催のチラシを貰った、と敦くんより私の元にずいっと差し出される。この花火を打ち上げるという河辺。以前入水自殺を考えていたら、流されてしまった処だった気がする。彼処に、出店と花火ねぇ。花火と一緒に打ち上げてでももらえば、自殺は成功するだろうか?なんて考えが浮かんだものの、失敗の可能性の方がはるかに大きいな、と考えを改める。私も痛いのは、嫌だからねぇ。
「へぇ。敦くん、そういったものにも興味はあるのだね。」
「えっと、孤児院にいる時は、お祭りとか話でしか聞いたことなくて…本当に現実世界で開催されるものなんだと聞いて、とても気になってるんです!」
目をキラキラさせている彼が、一体どれほどのものを期待しているのかは不明だけれど。確か昨年、私があの川の前を通りかかった時にも開催されていたような気はするが、それほど楽しいものだったかと言われると…。間違いなく、人混みでごった返しているだろうし、自らそのような場所に行く必要もないか、という結論を出すことにした。
「ふむ、私はお祭りはいいから敦くん達は楽しんで来るといい。お土産、期待して居るよ。」
何だか、こういった周りの浮き足立った日は、悪い予感もするし。何事も起こる前に、家に帰り、夕餉を済ませて寝るに限る。
「じゃあ皆、楽しんで」
…この後、私の悪い予感は見事的中する事となる。
*
「は、夏祭り?」
「エリス嬢が興味があったようで、一寸行ってくる、と首領が言っていたよ。中也も、偶には息抜きにどうだ、とも言っていたねぇ。」
「息抜き、なぁ…」
組合とのドンパチも一段落し、落ち着いた日々と云える今日この頃。気付けば、祭りなんてやるような季節になっていたのか、と暦に目をやる。八月も末とは。季節が過ぎていくのはこうも早いものだったか。
「気が向いたら、一寸ばかし見に行ってみるよ。有難う、姐さん」
幼い頃、手を引かれて連れて行ってもらった夏祭りは何処のものであったか。初めて見た林檎飴には吃驚したものだ。
ああ、祭りなんて何年も行っていないなぁ。
*
「仕舞った…」
自室に戻り、早めの夕餉にでもしようと冷蔵庫を覗くと、其処に在ったのは、いつから其処にあったのか、とうに忘れてしまった冷えた麦酒のみだった。そう云えば、昨日また入水自殺を試みた際に、手持ち金の入った財布を落としてしまったのだった。馴染みの店はいいもんだ。またツケで食事を取らせて貰ったんだったなぁ。さて如何したものか、と少し考える。直ぐに口に出来るものがないと判ったら、急に腹も空いてきてしまった様な気がした。
…小銭でも、簡易的に用意可能な食べ物…出来たら、腹持ちの良いものがいい。
「あ、出店に焼き蕎麦か何か売っていそうだなぁ…敦くん、お土産に買ってきてくれ…、るまで空腹には耐えられないな。仕方ない、外に出るか。」
手元に残っていた小銭を持つと、重い腰を上げる。だから、悪い予感がしたのだよねぇ。
*
会場に近付くにつれて、浴衣姿の子供や、女性達。甚平姿や法被姿の男衆が増えてきた。皆、お祭りを楽しんでいる様で何よりだ。さて。目当ての食事になりそうな物だけ買ったら、花火で混み合う前に帰ろう、と出店へと急ぐ。……うん、既に割と混みあって来ている。出てきて早々だが、既に帰りたい。今日も素直に馴染みの店で食事を取ればよかったかもしれない。中ほどまで歩いていくと、ようやくお目当ての出店が並んでいた。
「おや」
前方に、夏祭りの欠片もない見覚えのある帽子が目に入った。こういう場では、季節にあった格好をして欲しいものだ。そうだ、麦わら帽子なら夏らしさが出るのではなかろうか。似合う気はしないのだけど(そして、私も夏の装いかと言われればそうでも無い)。どうやら、向こうはこちらに気付いていない。このまま上手くやり過ごして… と気配を消して、隠れようと考えていると
「売上泥棒!!!! 誰かあの男を捕まえてください!!」
出店の方から、大きな声が響き渡った。声のした方に目をやると、売上金の入ったと思われる袋を小脇に抱えた男が、此方に向かって走ってきた。そして、その声に反応した帽子が揺れ、其奴もこちらを見やった。瞬間、見開かれた目は、直ぐに私の存在を認識したらしく怪訝な表情を見せた。
「勘弁して欲しいなぁ…」
悪い予感は、尽く的中していくらしい。
「太宰!そいつ捕まえろ!」
「えー…刃物でも持って居たらどうするの、全く…」
渋々乍らも、男に目をやる。男も此方に気付いたのか、少し怯んだ様子を見せたが、吹っ切れたのか急に血相をかえると、片手で握り拳を作り、殴りかかるような姿勢で、
「其処をどけぇぇぇぇ!!!!」
そのまま此方へと突っ込んできた。
*
「有難うございました」
「いえいえ~、市民の安全を守るのは当然の事ですから」
「…調子良い事言いやがって」
売上泥棒は、其れはもうあっという間にお縄についた。腹を空かせたこそ泥は、何も考えずに目に付いた店の売上金を盗んだ様だった。
「お礼と言ってはなんですが、うちの焼き蕎麦とたこ焼きです。もっとちゃんと御礼出来れば嬉しいのですが…」
「ああ、ちょうど腹が減っていたので有難いです!長居してもご迷惑でしょう。私達はこれで!」
ぐいっと中也の手を引くと、突然で吃驚したのかふらりと揺れる身体。手を繋ぐなんて、昔夏祭りに連れてきてもらった時に「2人とも迷子にならんよう、手ェ繋いどき。」とか姐さんに言われて以来だろう。そんなガキじゃないと思いながらも、それを微笑ましく見る彼女の目に、そう悪い気はしなかった。
「手前、いつまで人の手掴んでんだ!」
「は?ああ、あのまま犯人引渡しまで、あの場にいたら、警察だのなんだのの相手しなきゃならないでしょ。顔合わせるつもりもないし、そっちも都合悪いだろうし、何より私は腹が空いて空いて、事情聴取なんて付き合う暇はないのだよ。」
「…結局は自分の為じゃねえか」
「私だって人だもの。あーあ、本当は今頃、家で夕餉を早めに済まして、ゴロゴロしているつもりだったのだけど、何で中也なんかと一緒に居なきゃならないんだ。中也なんて、捕まえろって言っただけで何もしてないのに…。」
「五月蝿ぇよ。俺だって、真逆こんな場所で手前に会うとは思わなかったわ。」
「全く!中也と話してたら、更に腹が減った!もう土手沿いででも、食べてしまおう…」
夕暮れ時に出てきたはずが、もうすっかり夜だ。予定の時間よりは大分ズレてしまったが、要約念願の夕餉にありつける。
「…じゃあ、俺はもう用はないから帰る。花火と一緒に打ち上げられて、死ね」
「そうそう。それも考えたんだけど、失敗したら痛いだけだし、大火傷じゃ済まないからね。私は安全な自殺がモットーだから。」
「はいはい、言ってろ。」
「あ、中也!ちょっと手出して!」
「あ?なんだ?」
「紅生姜、多すぎるからあげる。」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
文句を言いながらも、手に乗せられた紅生姜を口に入れ、「これだけで食うもんじゃねえな…」と苦々しげに己の手を見る姿に思わず笑いが込み上げてきてしまう。馬鹿なのか、素直なのか。
「お嬢様口調でおねだりするなら、焼き蕎麦の方やらんでもないよ?」
「何でもいうこと聞くと思ったら、大間違いだぞ、手前。」
こいつの事なんて、大嫌いだけどちょっとした悪戯にも、本気の反応が返ってくるのが面白いからやめられない。何だかんだ文句を言いながらも、帰らずに結局居座っているし。空を見ると、どうやら打ち上げ花火が始まったようだった。
「真逆、中也と花火を見ることになるとは思わなかったなぁ…」
「太宰が綺麗に打ち上げられたら、たまやーって叫んでやるよ。」
「綺麗だなんて!それは有難う。」
「褒めてねえからな」
夕餉も、花火も、こいつの隣なんて本当に運の悪い日だ。
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