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退屈など無い世界の中心は(双黒)
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「~~♪」
御機嫌な様子で、鼻歌が聴こえてくる。先程仕事を終えたというあの阿呆は、報告書にも手を付けずに、其の儘、俺の自室までやって来た。此方も漸く落ち着いて、一寸身体を休めようか、と思ってベッドに腰掛けたタイミング、丁度にだ。
「しかし、真逆、中也が怪我をするなんてねぇ。包帯や、絆創膏の類いは私の専売特許なのに。無駄遣いとかもう言わせなーい。」
「五月蝿ぇよ。今、構ってやれねえから来んな。」
現在。けらけらと笑う太宰同様、俺の右腕にも、包帯がぐるぐると巻かれて居た。
*
その日、爆弾騒ぎの情報を追っていた俺は、廃工場の近くに来ていた。何故か。人通りの少ない、そんな場所に似合わない、見目小学生程度の男児が、木で出来た小箱を持って、不思議そうな顔をして立っていた。
『お前、こんな街外れで何してるんだ?親は…?』
きょろきょろと辺りを見渡している男児に、声をかける。見渡す限り、この辺りには男児1人。保護者の姿はない。
『えっと、気が付いたら此処に居て…近くに箱があったから、これ何だろうって思って持ってきたんですけど…』
気が付いたら、とは誘拐でもされたのだろうか?だとしたら、誘拐犯が近くに居るのでは?そしてこの箱は、
『あれ、何だかこれ、カチカチ言って…』
『…! お前、それ離せ!!』
油断していた訳じゃない。否、油断していたのかもしれない。俺が、男児から箱を取るとほぼ同時に、カチリ、と音が止まり、俺と男児の目の前で、ドンッ と爆発した。
「それで、少年の方はかすり傷はあれど、ほぼ無傷。中也は、右掌、手首~腕にかけて血塗れって本当に運が良かったね、その少年。」
「誘拐されて、爆弾事件に巻き込まれて、なんて最悪な状況でな。爆弾があの大きさでなかったら、二人して吹き飛んでいたかもしれないな。…救急で診て貰ったと聞いたが、あの餓鬼、大丈夫だったか?」
「あぁ、うん。お兄さんに、ご迷惑をお掛けしました、って謝って居たそうだけど、先程救急も出たようだよ。」
「そうか…無事帰れたようなら、良かった。」
幼い頃から、闇社会に生きている身なら兎も角。一般人の、まだ親が手を引いていそうな子供には、相当衝撃の強い物だと思うから。
とは云え、利き腕を負傷してしまうとは、本当に情けない。この阿呆に、笑われてネタにされても仕方の無い話だ。
「…全くこのお人好しは。」
「ん、何か言ったか?」
「えー?利き腕を怪我してる、なんて美味しい状況を無駄にするのもなーって」
「っ、は!?」
ぐい、と左腕を掴まれ、其の儘ベッドに押し倒される。手負いとは云え、何時もヘラヘラしている奴に、こうも簡単に組み敷かれている現実、不甲斐ないどころの話ではない。
「退けよ」
「じゃあぶん殴ってでも、私を退かしてみせなよ。私が掴んでいるのは、怪我をしていない左手だけだし?」
「巫、山戯るな!」
怪我をしている右腕を振り上げ、思いっきり太宰に殴りかかろうとする。間もなく、頬に触れる、そんな距離でぱしり、と右手を掴まれる。じん、とした痛みが右腕にはしった。痛みに、顔が歪む。
「中也はMなの?」
「あ?」
「人を助けるためとは云え、自分の身体をあまり安く見る物じゃないよ。私が少し掴んだだけで、顔を歪めるほど痛むのなら尚更だ。」
ぎゅ、右腕をつかむ太宰の手の力が、少し強くなる。綺麗に巻かれた包帯に、じわりと赤が滲んだ。
目の前では、いつものヘラヘラ顔なんて嘘みたいな真剣な顔をした太宰が、その血の滲む様をじっと見ていた。
「早く治して、また私の戯言に全力で刃向かってきて欲しいものだね。大人しい玩具なんて、面白くも何ともないのだから。」
「は、お前、何言って…」
普段とは違う様子に、背筋にぞくりとするものを感じた。まるで瞳の奥に、闇を抱えているような。こんな表情を見たのは、初めてだった。
「さってと!こんな傷心中な中也と遊んでられる程、私も暇じゃないんだった!また遊びに来るから、それ迄に、もう少し押し倒された時は色っぽい表情出来るように、練習しておいてね!じゃあまた~」
ぱっと手を離し、いつもの様子に戻ったかと思うと、其の儘ヘラヘラした顔で手を振り、部屋から出ていってしまった。まるで嵐のような勢いだった。
「何なんだよ、痛ぇ…」
若しかして、彼奴は怒って居たのか?
*
「危ない危ない。つい素が出てしまった」
私が自殺未遂をすると「この莫迦」と怒鳴る。任務中、怪我をして帰ってくると「其の儘死ねば良かったのに」と苦々しい顔を浮かべ乍らも、毎日救護室に顔を出す。久方ぶりに見た、怪我を負った相棒の姿に。此方の傷みには敏感なのに、自分の事には、無頓着なのか、と少し怒りを覚えたのは事実だった。
「あら、ダザイ。難しい顔をしているわね。女性に向けられる顔ではないわ。」
「おや、これはこれはエリス嬢。1人で如何されましたか。」
「怪我人さんの御見舞にね。それと、ダザイ。報告書待ってるって、リンタロウが言っていたわよ。」
真っ赤に熟れた林檎を片手に、現れた少女に指摘をされるような表情をしていたつもりはなかったが、どうやら『難しい顔』をしていたらしい。
「報告書は、もう一寸お待ちくださーい…一つ、エリス嬢に聞きたい事があるのだけど構わないです?」
「私に?」
「某怪我人が調べていた爆弾騒ぎ、判る範囲の状況・情報を教えてもらえないかなー、なんて。」
「報告書。2件分、今週末までで手を打つわ?」
「…了解です。」
今日、金曜日なのだけどねぇ。
*
「暇だ…」
無理をしてでも、直ぐに現場に復帰する、と考えていた此方の思いを知ってか知らずか。太宰が部屋を出た暫く後。首領からの伝言だ、と林檎を持ったエリス嬢が現れた。
『 働き詰めだったし、2、3日療養にあてたら如何かって。「君は直ぐに無茶をするだろうから、偶には休みなさい」って言っていたわよ?』
確かに、最近休みなく動き回ってはいたけれど。突然、3日も休みを与えられても手持ち無沙汰でしかなかった。
「そういや、ここ2日程、太宰の木偶が姿見せねえな。遂に野垂れ死んだか?」
確か、先日、揶揄いに来た時にやっと大きい仕事が片付いた、とか言っていた。別の仕事か、はたまた貯めに貯めたであろう報告書にでも追われているのか。
「…まあ、苛々しなくて済む。」
仕事終わりに、毎回人の部屋に来ては、此方を苛つかせては笑っている様な奴が来ないのだ。清々するじゃあないか。気にしては負けだ、と思い乍らも、あいつの居るこの部屋が、既に見慣れたいつもの光景になっていた事に、頭を抱えた。
~~♪
「ん?」
聞き覚えのある鼻歌に、部屋の扉を開け、外を覗く。見慣れた莫迦面が此方に気付き、ひらひらと手を振ってきた。
「あー、もう疲れた!中也、蒲団借りるよ!」
「こら、手前また任務終わりかよ、敷布汚れるからせめて風呂入ってから来い!」
「何時ぶりかって程の、頑張りを見せたら私はもうヘトヘトなのだよ。暫くは報告書なぞ見たくもないね!」
「何だ、報告書に追われてたのかよ。」
心配して損した…否、心配なぞして居ないが。なんなら、野垂れ死んでくれていた方が、此方としては喜ばしい事だったのだけれど。
此方の制止も聞かず、勝手に人のベッドに横になった太宰に、不意に右手を掴まれた。
「中也、右手もう治ったの?」
「元々そんな大怪我じゃなかったし…傷は塞がったな。まだ抱えてる仕事もあるし、直ぐにでも戻りたかったんだが、首領に休めって言われて、こうして部屋でゆっくりして居たんだよ。」
「ふーん。あ、でも中也が追ってた爆弾犯ね。自爆して、死んだみたいだよ。」
「…は?」
爆弾騒ぎを追っていた自分の、まるで知らない状況に。ただただ驚くことしか出来なかった。
*
爆弾犯の目星はすぐに付いた。あんな街外れに、謎の小箱を手にした誘拐されたという少年。中也が接触した途端、弾け飛ぶ小箱。かたや傷を負い、かたや殆ど無傷という状況。
少し調べると、居場所も特定できた。現在は、先日の廃工場付近に居付いていたようだ。
「君、そんな見てくれをしているけれど、立派に成人しているよねぇ?うちにも低身長の輩が1人いるけれど、君の見目は本当に子供のようだ。」
「この見てくれのお陰で、周囲を騙すのは容易でした。貴方は感づかれたようですが…。直接、マフィアと接触を図ったのが失敗でしたね。」
そう言って、くすりと笑う様には少年らしさなぞ無かった。そして、犯行の目的や、今迄のことをぽつりぽつりと話し始めた。
「私は、この見目のせいで、常に非道い扱いを受けてきた。気持ちの悪い、人間の出来損ないだと。そんな或る日、一度見た目の年齢相当に振舞ってみたら、相手はどう感じるかとふと感じることがありましてね。子供のふりをした途端、私を知らない大人達は子供に接するように、油断をしたのが手に取るように理解った。それで、今迄自分を蔑ろにし、罵倒してきたような社会に復讐してやろうと、爆弾騒ぎを始めたんですよ。でも、それも今日で終いです。」
「終い」と言った彼の手には爆弾の起爆釦と思われる物が握られていた。
「先日、久方ぶりに真っ直ぐな、人の優しさに触れました。血塗れになった己の右手も顧みず、爆風により、多少傷ついただけの私に『大丈夫か、直ぐに医者に連れてってやる』とあの人は必死になって呉れていた。ほんの一瞬前に出会い、知人でも友人でも何も無い相手に、其処迄の気遣いを見せる人を、私は初めて知ったのです。」
「あの莫迦はね、そういう奴なんだよ。そういう点が、私も気に入っている、大嫌いだけどね。」
「そうでしたか、それでは『お兄さん、ご迷惑をお掛けしました』とお伝え下さい。」
にこり、と笑うと少年、もとい男は起爆釦を押し、爆発音が鳴った刹那、其処に倒れ込んだ。始めから、死を覚悟していたのだろう。胸部を中心に爆撃を受けた其の身体は、見る見るうちに呼吸による胸の上下運動を、止めた。
「私のモノに手を出すなって、文句を云うつもりだったのだけど。こうなってしまっては、何も云えないじゃないか。」
*
「丁度、爆弾騒ぎの犯人の自爆時に近くに居合わせてしまってさぁ。私が報告書を書く羽目になってしまったのだよ!中也に任されていたものだったのにー!」
ぶうぶうと文句を云う太宰は、相変わらず俺のベッドの上。敷布は、諦めてこいつが帰ってから新しいものに変えるしかないようだ。
「中也、あまり誰にでも優しくしないでよねぇ。」
「突然如何したんだ、お前。」
「…まあ今回はそれのおかげで無事解決したから良いんだけど。じゃ、おやすみー!」
「はぁ!?手前、寝るなら本当、自分の部屋戻れよ!」
「嫌なら、退かしてみせなよー、手負いの中也に出来るかなー?」
「手前、殺す」
思いっきり殴りかかると、布団の上で、楽しそうにけらけらと笑い始める太宰。
嗚呼、つい先刻までの暇な時間は一体何処へやら。
「またこいつの相手をしなきゃならねぇのか。」
心の何処かで、それを愉しみにしている自分が居るなんて、そんなの気のせいだ と己の心に言い聞かせた。
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