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白の記憶
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あの子が好きな花を持って病室に向かった。見舞いはあれ以来、久しぶりになる。
あの子と何を話そうか。病室の扉の前で、何を話そうかと考えている自分がいた。
ただ普通の会話。そう普通の会話だ。でも、今のあの子を見て普通の会話が出来るのだろうか? その時、私の中で躊躇いと迷いが重なるように交差した。一層の事、会わずにこのまま……。
そう思うと、扉の前で不意に一歩下がった。扉を開ければあの子がいる。会うのは簡単なことだ。でも、今はそんな簡単なことが出来ない。それにあの子を見て平静でいられる自信がない。きっと、激しく取り乱すに違いない。あの子に何があったかを問い詰めたところで、又あの子は傷つくだろう。私は一体、どうすれば…――。
病室の前で暫く悩むように佇むと、意を決して扉を開けた。とにかくいつも通りの自分で、あの子に会おう。そして話を聞こう。まずはそれからだ。
「◯◯元気か?」
そう言ってあの子の名前を呼ぶと、然り気無く病室の扉を開けて中に入った。するとベッドにはあの子の姿がなかった。いないことに一瞬、自分の中で妙な胸騒ぎを感じた。ただ、あの子がいたベッドはまだ暖かかった。あの身体でまともに動けるほど、元気ではないのに一体どこへ――?
あの子がいないベッドはもぬけの殻だった。そして、病室の窓は何故か開け放たれていた。白いカーテンが風にパタパタと静かに揺られて靡いていた。そして、空は珍しく晴れていた。そこには雨模様すらない程の綺麗な晴天の青空だった。
目の前で揺れている白いカーテンは、視界を覆うほど白く。そして、その白さは自分の記憶を塗りつぶす程にどこまでも真っ白かった。
あの日を境に自分の頭の片隅には、真っ白な靄がかかっている。それを思い出そうとすればする程霧のように掴めずに思い出せない。そして、それは自分の記憶の中から抜けてしまっている記憶の一部だった。私は、その記憶の中にいつまでもとらわれていた――。
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