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忘却と……
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リビングに入ると薄暗い静けさの中でリンがキッチンにいた。そして、ドックフードの袋を床に倒して、散らばった餌を貪るように食べていた。無我夢中で食べている様子は余程お腹を空かしていたのか、こちらの気配には全く気づいてなかった。
「こら、駄目だろうリン」
そう言って床に散らばった餌を手でかき集めると犬用のお皿の容器に入れた。リンは自分が叱られた事に気づいていなかった。そして、首を傾げるとワンと吠えた。
「まったく、調子が良い奴。誰に似たのか…――」
リンに向かって話すと頭を撫でた。何故かこんな時に弟の顔が過った。リンは悠真が仔犬の時から可愛がっていた犬だ。いつだったろうか、父が弟に犬を買ってきた事を思い出した。
あれは弟の11歳の誕生日のことだったろうか。悠真が父と母に仔犬が欲しいと、ずっと前からせがんでいた。そして、弟の誕生日の日に父は悠真に仔犬をプレゼントした。あいつは初めて見る仔犬のリンを見て、嬉しそうに抱きしめていた。
その時、俺は何をして何を考えてたのだろうか。父と母が弟の誕生日を祝う中、俺はその時…――。
まるで切り取られた写真のようだ。何故かそこだけ、記憶がぼやける。自分でもとても楽しかった記憶と覚えてるのに、何故か心無しか虚しくもなる。
そう、その虚しさは子供の頃からあった。
それが大人になっても埋まらない。
それは弟を見れば常にあった。
この気持ちがなんなのか、あの時の俺は……。
キッチンの前に立って、誰もいない静かなリビングをボンヤリと眺めていた。何故かこの静寂が心と頭を乱していく。そして、不意に忘れていた記憶を思い出して、俺は自分の遠い過去に向き合っていた。
そこで物思いにふけてると不意に現実に戻った。そういえばキッチンのシンクには、食器が無造作に溜まっていた。父さんが食事したあとだろうか、水につけてそのままの状態だった。それを見て小さな溜め息をついた。
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