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不本意
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生きていると
不本意なことはたくさんある。
今、オレが生身で感じているこの空間も、不本意で作られた。
肌と肌が荒くぶつかる音。
その度に弾け、飛び散る水滴。
脱ぎ捨てられたまま放置された、男女の制服。
気持ち悪くなるほど甘い女子の嬌声。
普通の男の場合、こんな風に目の前であんあん喘がれたら、今頃下をビンビンにして馬鹿みたいに腰振ってるんだろうけど。
オレは生憎普通にできない。
頭によぎった「普通にできない理由」を取り払うために、下でよがる女に機械的なセリフを投げる。
「なぁ、俺のがそんなに好き? 中、ずっとぐちゃぐちゃだけど。 もう最近お前の部屋来るだけで下濡らしてるよな。 マジ淫乱」
目の前の女が震えた。よくこんな安いセリフで興奮できるな、と内心思う。オレが不本意でしていることに気づいていない以上、きっとこいつは棒が有りさえすれば何でも良いのだろう。
別にそれでいい。 オレも目的はこのメスと同じ。互いに「はまる」ものが欲しいだけなのだから。
しわだらけになったシーツを掴んだ時、キャラメル色のパサついた髪が指に絡んだ。欲しくない髪。
オレが欲しいのはもっと、さわったときにさらさらして気持ちよくて、艶のある黒髪で。
浮かんだあの姿を、うるさく啼き続けるメスに上書きするように重ねた。瞬間、一気に鳥肌が立つ。内側から沸き立つように溢れた興奮に、目前が潤んで歪んだ。その興奮を逃さないうちに律動する。
「(う…っ い、きそ…っ)」
ねぇ、という一切求めていない女の声が、オレの熱を一気に冷ました。 快感を切り捨てられたことに少々苛立ちながら、とろけたような女の顔に一応目を向ける。
ずっといってないよね、いっていいよ、と言われた。肌と肌はゼロ距離なのに、本意に一切気づかない雌に、心の中で嘲笑う。
いくいかない、ではない。いけないのだ。
「だってオレ…」
「お前のこと好きじゃねーもん」
「なんだよお前、その顔〜」
気怠い午前の空気の中、響く騒々しい声のほうへ目を向ける。教室前方の扉の前で、いつもの不良たちが囲んでいたのは、1時間遅刻して登校してきた矢代だった。
見ると、矢代の頬が赤く腫れ上がり、うっすらと爪痕が刻まれている。会話を聞いていると、どうやら交際相手にやられたらしかった。矢代が忌々しげな表情で言う。
「あの女、いきなりビンタしてきやがった…」
「あの女って、告ってきた2組の?」
「そー。 あいつん家でヤッたときになんかキレられて。で、一方的にフラれた。本当のこと言っただけなのに、わけわかんねーマジで」
「ドンマイ〜、つかまたヤッてんのかよ絶倫かよ。 お前そんな盛ってんなら男もいけんじゃねーの?」
「るっせーな、ねぇよそんなの。オレにはオレで理由があんだよ」
俺の偏見的な意見になるかもしれないが、正直矢代の女性遍歴には以前から引いていた。矢代とつるんでいる人間は声が無駄に大きいので、聞きたくなくても耳に入ってくる。
噂だと、矢代にはセフレが10人以上いるだとか、朝帰りは当たり前だとか、聞くのはどれも不純なものだった。高校に上がってからにわかに、そんな話を耳にするようになった。
別に、誰と何度致そうが矢代の勝手であるし、特に関心もないが、鈴谷をあそこまで追い詰めておいて、情事にふけり好き勝手している矢代に、高2となった今でも敵意は拭い切れなかった。
俺も、きっと矢代も、自分たちの背景、いわゆる『いじめの件』を忘れてはいない。
だが世間からそれをつつかれたり、その件で矢代と衝突することはなかった。いじめの傍観者だった同級生の中では、既に昔話と化しているし、むしろあの過去や矢代とは平行でいたい俺としては、その結果と状況に助かってはいた。そのため、クラスで俺と矢代の関係を知る者は1人としていなかった。
淡々と午前の授業は終わり、クラスの友人数名と駄弁りながら昼食をとっていると、その1人が今朝の話題を持ち出した。
「なぁなぁ、矢代の話マジかな。マジだったらヤバくね?」
菓子パンを頬張ったまま、目線で「ヤバい?」と訊ねる。
「だってヤバいだろ〜、まだ高校生だぜ? なのに朝帰りが習慣化って、さすがに俺もないわ」
「お前はまだ童貞だろうが」
「るっせーな! 犯すぞっ!」
「ほれ、犯してみぃ」
ふざけ始めた友人たちを前に、今朝の矢代たちの会話を思い出す。 確かに、年頃の男子ではあるが、わざわざ女の体を使ってまで性欲を解消する矢代を理解し切れなかった。菓子パンを咀嚼しながらぼやいてみる。
「そんなに抑えらんないのかね、性欲。1人で処理するだけじゃダメなのかね」
「むー、それな〜。まぁ、ヤッてみたいとは思うけどな、俺もそこまで盛ってねぇわ。 …そういう水野はぁ、彼女いないみたいですけどぉ、性欲あるんですかぁ〜?」
「…ないね」
「マジかよ〜! 本当に男か〜? 確か矢代、男もいけるみたいな噂あんじゃん、あいつに開発してもらえよ〜」
「絶ッ対嫌だから。」
心の底から嫌悪していることに、笑っている友人たちはきっと気づいていない。
放課後、俺は再び帰宅する前にある教室へ寄らなければ行けなくなってしまった。国語のノートを提出し忘れたために、教科担任に渡そうと職員室へ行ったのだが、現在国語の追試を行っているために不在で、俺は促された多目的室へ足を運ぶことになってしまった。(今回はちゃんと迷わず辿り着けた。)
国語のノートを手にし、多目的室の扉を開ける。やけにドアの開閉音が響いた。教室内を見渡すと、生徒はおろか先生すらもまだ居なかった。
きっと追試の準備をしているのだろう。几帳面な先生の性格から推測して、しばらく教室内で待つことにした。スマホに繋げたイヤホンを耳に着け、窓から体をはみ出させるように肘をかけた。
イヤホンで音楽を聞いていると、どこにいて何を眺めていても、自分の中に閉じ込められたような感覚になる。
そのまましばらく聞き慣れたサウンドだけを感じていると、その音の中で、ドアが誰かに開けられる音がくぐもって聞こえた。先生だと思い、教室の前方へと顔を向けた。
その教室のドアを開けたのは、
染めた髪にピアスを着けた、教師とはかけ離れた人物。
矢代だった。
驚きのあまり、目を見開いて互いを認識した。瞬時に矢代から顔を逸らす。教室内が緊張感を含んだ空気で張り詰める。俄然尖り始めた警戒心が皮膚を破って突き出した。
遅刻常習犯、テストは毎回平均点以下、矢代が追試を受けるメンバーに入っていてもおかしくなかった。だがまさか、教室で二人きりになるとは思っていなかった。
イヤホン越しに、教室の前方から矢代が鞄を置いたり文房具を取り出したりするガチャガチャした音が聞こえてくる。
しばらくすると音が止まった。不気味なぐらいの無音に不審に思っていた時。
「鈴谷って今どうなってんの?」
矢代の言葉に全てが止まった。
イヤホンから流れ出る音楽も、心臓の鼓動も、脳内の思考も、その不真面目な人間から発せられた真面目な声音の言葉に全て止められた気がした。
その口から鈴谷にまつわる単語が出てきたことに、猜疑心、怒り、狼狽、戸惑いに似た、名前のつけられない感情が心の中で暴れ出す。
矢代は目線を下に落としていたが、こちらに体を向け、真剣な表情で立っていた。不信感をナイフにして、矢代に突きつける。
「…なんで」
小さく呟いたはずの声は、静まり返った教室の中を自由過ぎるぐらいに走る。再び静けさが戻ってきた時、矢代がためらいがちに口を開いた。
「…ずっと、気にしては、いた、から」
矢代の言葉を飲み込み切れないでいると、矢代は硬直状態の俺を気にせずそのまま続けた。
「…鈴谷が、いなくなって…ちょっと、やり過ぎたとは…思ってた…」
「それ、マジで言ってんの…?」
少し怯えた様子で、それでも矢代は俺の目を見つめて言葉をこぼした。
「…悪かったと、思ってる」
言い終わると同時に掴みかかった。矢代の胸ぐらを千切れるぐらいに鷲掴む。矢代は耐え切れず、俺が矢代を壁に叩きつける形になった。そのまま自分の中で尖った全てを突き立てるように吠える。
「今さら言ってんじゃねーよ!! だったらなんであの時鈴谷までいじめたんだよ!! 俺だけにしろよ!! 今さら…今さら後悔されても鈴谷は戻んねーんだよ…どこまでふざければ気が済むんだよ…! ふざけんな…っ 俺と鈴谷の時間を返せよ!! なぁ!!」
「ちょ、ちょっと…! み、みずの、あたっ…て…!」
「はぁ!? なん…」
場違いな腑抜けた声と、なぜか顔を赤らめ焦った様子の矢代に訳が分からず余計に苛立った。
なぜそのような顔をしているのか一瞬わからなかったが、
次には、
一目でわかるその理由に言葉を失った。
矢代の下半身が、わずかに膨張していたのだ。
「な、んで…っ」
羞恥に顔を歪ませる矢代を無視して信じ難いものを凝視していると、教室の前方からようやく先生が扉を開ける音が聞こえた。 矢代と俺で、反射的にそちらへ蒼白した顔を向けると、何も知らない先生はへらっと笑って言う。
「お、なんだなんだ、喧嘩はやめろよ~?」
俺はこの理解不能な状況をはねのけるように矢代から離れ、半ば投げつける形でノートを提出し、逃げるように教室を去った。
「年頃の男子は忙しいんだな~、先生ついてけないわぁ…」
「せ、せんせ…っ」
「ん?」
「ちょっとトイレ!!」
「お、おぉ…みんな忙しいんだな…」
足音を響かせて、いつもの帰宅ルートを無心で駆ける。脳が戸惑いに揺さぶられて、頭の中は真っ白だった。だが、矢代との空間になった後から疑問が湧き出て止まらない。
なんで、なんで…
なんで今さらあんなこと言って…
なんで、
なんであいつ…っ
勃ってたんだよ…!?
あれから数日の間、何をしていても先日の矢代の件が脳裏をよぎっていた。
なぜ、あの状況下で、あんな状態…勃起なんてしていたのか。男の身から考えても全く理解出来なかった。
あれが俺の見間違いでないことは、学校で不本意に対面した時に、気まずそうに顔を赤くする矢代の様子が物語っていた。
一体なぜ、どこに、そんな体の一部に変化を及ぼすような要素があったのか。考えれば考えるほどわからなかった。
俺がそうして困窮している間も、相変わらず矢代は1時間ほど遅刻して登校してきたが、その光景を目にしたことであることを思い出した。
矢代が、男もいけるという話。
矢代が机や教室の壁などに性的嗜好を持っていなければの話ではあるが、あの時、あの場所に居たもので、性的な興奮を覚える可能性がある対象として挙げられるのは、俺だった。
あいつが下を勃たせていたのは、俺が矢代に接近し、壁に叩きつけた後だった。興奮材料として挙げられるのも、俺のとった乱暴なアクションだった。
矢代は、鈴谷にあんなことをしておいて、自分も乱暴をされて興奮するような人間だったのか…?
だがそれなら普段いつもつるんでいる不良と、プロレスだの体を張った戯れをしているし、その際矢代が勃起していたらすぐさま話題になっていたはずだ。
どのシーンを切り取ってみても、矢代が興奮した原因は俺が中心となっている気がしてならなくなってきた。
あの時矢代があんな風になっていたのは
相手が、俺だったから?
まさか
まさか、な。
授業中、無意識のうちに観察するように矢代を目視していると、ふいに矢代と目が合った。その時の態度に、もう驚愕を通り越して脱力してしまった。
あぁ、やっぱり…。
矢代は慌てて目を逸らした。
頬を赤くさせながらも照れを必死に隠そうとするのは、完全に俺を意識しているという証拠だった。
マジかよ。ありえないだろ。わけわかんねーよ。
ありえないけど…
本当だったら、俺はどうするーーー?
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