アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
6 (過去)
-
あいつと暮らしていた家にも、あれから一度も行かなかった。
鉢合わせしてしまうのがいやだったっていうのも勿論あるのだけれど、それ以上に、あの部屋の雰囲気に引きずられてしまうのがこわかった。
行ってしまえば、思い出がありすぎる部屋を、きっと俺は振り返るから。
さようなら、と言ってしまいそうになるから。
…別れの挨拶なんて、いらないんだよ、
最初から、なかったことにするんだもの。
「…雪?」
物思いに耽る俺の顔を、覗き込むように見つめるのは翔兄で。
「なに?」
「いや、ボーッとしてたからさ、ここに来てから。」
翔兄がいう"ここ"とは、理事長室のこと。
高校の入学式前、俺は彼に呼び出されたのだ。
「ん、ちょっと考え事してた。」
ごめんね?、と俺が小さく笑うと、翔兄は思案するような顔をして。
「…雪が残して来た荷物たちは、」
「捨てといて欲しい、って言ったでしょ?」
「…わかってる、全部、廃棄済み。
あの部屋も、」
解約した、という翔兄の言葉が、なんだか遠く聞こえた。
「そういえば雪、同室者の子とは仲良くなれたか?」
「…そのことだけど!」
俺は、翔兄を問いただそうとしていたことを本人から振られて、思わず身を乗り出した。
透き通ったテーブルに乗せたコーヒーのかおりが、なんとなく懐かしいと思った。昔から、翔兄はこのコーヒーを飲んでいる。
「二人部屋なんて、聞いてない!」
「うん、言ってないなあ。」
しれっとした顔で、そう言う翔兄。
「だけど、」
「…?」
「一人部屋だとも言ってないぞ?」
「!」
…た、たしかに…!
「はめられたー…!」
「人聞きの悪いことを言うなよ、雪。」
翔兄は困った顔で、コーヒーカップを手にとった。
「……あの子は、いい子だよ。」
雪も仲良くなれるさ。そう言って微笑む彼の優しい目は、
誰かととてもよく似ていた。
「うん、」
知ってるよ、あの子…蘭君は、きっととてもいい子。
…だから、困っているんじゃないか。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
17 / 223