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遠い遠い、昔のお話。
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俺が小学1年生の頃だったと思う。
俺の登下校の通路には、弦楽器の楽器教室があった。
放課後にそこを通る時には、
道路に面した大きな窓のカーテンが開けられていたから、
中の様子がよく見えた。
教えているのは優しそうなおじさんだった。
そして丁度俺がそこを通る時間帯、
俺よりほんの少し小さいであろう男の子が
楽器を弾いていた。
まだ小学校にも入っていないだろう男の子が、
座って、自分の身長程もありそうな楽器を足の間に挟んで
一生懸命弾いていた。
後々、それは『チェロ』という楽器だと知る。
その子の姿は、ただ淡々と弾くのではなく、
まるで音に自分をのせるように、
感情を込めて弾いていたように見えた。
防音だったからか、音は聞こえなかった。
ただ、その子の姿に心打たれたのか、
俺はその目の前の公園のベンチで、
その子の姿をしばらく見てから帰っていた。
それからしばらく経った秋のある日。
初めてその子と目が合った。
その瞳には力強さがあった。
俺の方が年上なはずなのに、
彼の瞳の力に気圧されていた。
でもそれ以来、その子と目が合うことはなかった。
でも俺は、その力強さを忘れられなかった。
2年生になった時、もしかしたらその子がいるかも、
と思って探したけれど、見つからなかった。
俺の通っていたところにはいなかったのかもしれない。
それから更に一年経って、俺が3年生になった時、
その子が、その教室から、いなくなってしまった。
はじめは体調を崩したのかもしれないと思った。
でも、いくら待っても、1ヶ月経っても、来なかった。
そんな時、教えていたあの優しそうなおじさんが、
外に出てきた。
だから僕は聞いたんだ。
「ねぇ、あの、大きな楽器弾いてた男の子は、どこ?」
突然話しかけられたから驚いた素振りを見せたおじさんは
それでも教えてくれた。
「あぁ、あの子は、フランスへ行ったよ。」
「……ふらんす?」
「そう、フランス。この日本から、
凄く、すごく遠いところだよ。」
その言葉に、ひどく悲しくなったのを覚えている。
同時に、遠いところへ行ってしまった彼に、
また会いたい、
そう思った。
「大丈夫。きっとまた会えるよ。いつかね。
あぁ、そうだ。君も楽器を触ってみるかい?」
「……いいの?」
「もちろんさ。」
そのおじさんは僕を教室に招き入れてくれて、
ある楽器を持たせてくれた。
4つ並んだ楽器の中で1番小さなものだった。
「それは、バイオリン、ていう楽器なんだ。
あの子が弾いていたのは、チェロ。」
そういっておじさんは二番目に大きい楽器を指差した。
「ばいおりん……ちぇろ……」
あの時の俺には、全く馴染みのない名前だった。
おじさんにはほんの少し音を出すことを教えてもらった。
「あぁ……君を例えるのなら、そう…百合だ。」
「ゆり……?」
「そう、花の名前だよ。今の君みたいに、美しくて、
そして綺麗で、純潔な存在。」
あの時の俺には、よくわからなかった。
だけどその言葉だけが、
俺の胸の中に残り続けたんだ。
そして高校生の今でも。
俺はその言葉を覚えてる。
何があったかは、なかなか思い出すことができないのに。
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