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【恋人にリンゴを】悟がレナードの執事になるまでの話
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──晴臣様!
ハルオミに向ける可愛らしい笑顔。控えめな微笑みが太陽になる瞬間。それがサトルを一目惚れした理由だった。
しかし、酷にもその笑顔を向けられるのはハルオミだけで。自分だけのものにしたい、という気持ちは日に日に強まっていった。
「悟。今日はレナードと大切なお話があるから席を外してくれる?」
「かしこまりました」
ここ最近のハルオミは、お茶や茶菓子を用意させてからサトルを退室させたがる。
大切な話といっても、毎回たわいもない話だ。正直、俺としてはどうでもいい話だった。だから、最初のほうは俺がサトルへ手を出しているから、その戒めなのかと思っていた。しかし、ハルオミが言葉に詰まったり、誤魔化すように笑ったりするものだから、多分、ハルオミもこんな話をしたいのではないのだろうと次第に理解していった。
そうはいうものの、ハルオミはなかなか話を切り出そうとしない。そろそろ、もどかしささえ感じる。もうすぐイギリスのほうへ戻るから、早く話して欲しいものだ。
「またサトルを退室させるのか。どうせいつものように世間話で終わるんだろう」
「今度は本当」
「それで?」
ようやくだ。俺はそう思った。
「ねえ、レナード。悟、欲しい?」
「はあ? 何を言ってるんだ、いきなり」
しかし、身構えていた俺は拍子抜けする。また話を逸らされたのかもしれない。その時の俺はそう勘違いしていた。
溜め息をついて、サトルのいれてくれた日本茶を口にすると、ハルオミは身を乗り出してきて。
「前から好きだの、欲しいだの、うるさかったのは誰なのかなー? で、どうなの?」
ニコリ、とハルオミが笑う。
思ってみれば、欲しいか? と聞かれたのは初めてかもしれない。今までずっと「あげない」の一点張りだったからだ。そう考えると、やはりこの話は何かハルオミの思惑があるのだろうか。
何にしろ、それでサトルが手に入るというのならば、話に乗っておくしかない。
「欲しい。だが、くだらない理由だったら断る」
「何それ。例えば?」
「いらなくなったから……とか」
「……なるわけないだろ」
明るく話していたハルオミの声がワントーン下がる。稀に聞く声だが、気を抜いていたところでαの存在感を見せつけてくるから、背筋がゾッとする。
まあ、確かにあのハルオミがそう簡単にサトルを手放すなんて、考えられないことだ。
「……いいだろう。理由を聞いてやる」
「俺……病で、もうすぐ死ぬんだよ」
一瞬、時が止まったような感覚に陥った。
「あー……それ、笑うところか?」
俺がこう言ったのは、いつものように「冗談だよ」と笑って言って欲しかったのかもしれない。本当のことだとわかっていたとしても、信じたくなくて、嘘だと言って欲しかったのかもしれない。
だが、それがハルオミの逆鱗に触れたようで。
ダンッ──!
と、ハルオミの拳がテーブルを叩いた。
「んな訳ないだろ! だったら、悟がどうこうの話なんてするかよ!」
ビリビリと響く音。なんだか肌がひりつくようで痛かった。
「ああ、わかった。……すまない、悪かった。話を続けてくれ」
「……なんだ、冷静だね。悟なんて悲しい顔をして泣いていたよ」
軽く咳をしたハルオミは、前髪を掻き乱しながら席を立ち上がる。その表情は痛々しく、顔色も少し悪く感じた。そして、ハルオミは俺に背中を向けて、部屋の奥の窓のほうへ歩いていく。
「いや、だいぶ驚いてはいるが、大事な話ってハルオミが言ったんじゃないか。それより、サトルは知っているのか?」
「そうだね、知ってるよ。あの子だけ知ってる」
ハルオミはこうやって席を立ち上がって、景色を見に行く時がある。
そこで何を見て、何を思っているのかはハルオミにしかわからない。だだ、その背中はハルオミの病を知った今、よりいっそう儚げで、もしかすると、このまま消えてしまうのではないかと思うくらいだった。
きっとサトルも同じことを体験しているだろうし、時々ハルオミに会う俺よりも心に深い傷を負っているのだろう。それでも、ハルオミには生き生きとした笑顔を向けている。それが──どうしても羨ましい。
俺は拳を作り、強く握りしめた。それはただの愚かな男としての嫉妬心からだった。
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