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愛の巣に鳩と猫
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会社から帰ってきて、我が家の戸を開くこの瞬間がいちばんワクワクするし、ドキドキもする。
「ただいま! はとちゃん、おかえりのちゅ……あれ……!?」
自転車を庭に止める音で気がついて、いつもなら駆け寄ってきてキスをくれるのに、玄関口にいない。
じゃあお風呂かな、と洗面所を見ると、はとちゃんに頼んだ洗濯物がかごの中にそのまま取り残されていて、慌てて早洗いで洗濯機を回し浴槽にホースをぶちこむ。
寝室の方からむむが不機嫌そうに鳴く音がして、足を運ぶと押し入れからすすり泣く声がする。下段の物が詰まった収納のすきまで、こちらに背を向けてはとちゃんはめそめそ泣いていた。
畳の上でしゃがみながら、初めて会った時も俺はスーツで、はとちゃんはこんな風に狭い所に入り込んでたっけな、とふと思い出す。
「どした、はとちゃん? 試用先でなんかあった?」
はとちゃんが仙台で求職活動をする最中、勧められたのは一般企業の障害者枠での採用だった。
一定以上の従業員数を抱える企業には障害者の雇用が義務付けられ、これをクリア出来ない場合、罰金となる。
従業員数が膨らめば膨らむほど障害者の人数も必要とされるが、この時に出てくるのが「ダブルカウント」だ。
はとちゃんのように複数障害を抱えた人物を雇用した場合、人数を割り増しで計算出来る。要するに、企業にとってはコスパが高い訳だ。
はとちゃんにとっても、これまでより高い給与が期待出来る。両者に利がある。
そんな訳で試用が決まり、はとちゃんはクリーニング工場に通う日々だ。
「……おこられちゃったの」
はとちゃんの丸まった背中をさする。
「そっか……。お薬は飲んだ? 持ってこよっか」
「大丈夫……しゅうとさん、ぎゅってして……」
背中からよしよしと抱きしめると、はとちゃんは深呼吸をして、少し上を向く。
「……パンやさんでも、そのまえも、できなくて、おこられるのはね、大丈夫なの。あたりまえだから。でも……ぼくのあたまがへんなのを、おこられたら、ぼく……どうしたらいいか、わかんなくなっちゃう……」
「……障害の事を怒る材料にされたのか? そりゃ、筋違いだろ……それ、ジョブコーチには伝えた?」
企業側と障害者側の橋渡しをして両者のマッチングをはかり、はとちゃんをサポートしてくれるジョブコーチという人がはとちゃんには付いてくれている。
試用が終了しても定期的かつ継続的に支えてくれる、有難い存在だ。
「……うん……しようきかん、みじかくするって……」
「それは……」
つまり、ミスマッチだから打ち切るのか。
どっちが悪いとも言えないだろう。
障害に対する理解が進んでいない環境だったのかもしれないし、男性が多い部門での勤務を強く希望したのが企業側からすれば良くなかったのかもしれない。
どうにせよ、はとちゃんは『自分が不甲斐なかったから駄目だった』と結論付けて泣いているのだろう。そういう子だ。
「そっかそっか。はとちゃんに合う会社、また探そう。大丈夫だよ、はとちゃんは悪くない。はとちゃんのいいところ、俺はいっぱい知ってる。見る目がない会社なんかで傷付かなくていいんだよ」
「……うん、うん、ありがとう……」
はとちゃんは何度も鼻をすするので、ティッシュを手渡した。相変わらずよく泣く子だ。
「ね、ただいまのキス、していい?」
「あっ、うん、おかえりなさい……お仕ごと、おつかれさまです」
はとちゃんはこちらを振り返り、ちゅっと口付け、そのままねっとりと舌を絡ませあった。
俺はネクタイを緩ませながら、名残惜しいけど唇を離れさせる。
「……続きは、夜に、お布団でね」
耳打ちすると、はとちゃんはぽっと照れたように赤面して、笑顔を見せてくれた。俺のことが大好きってきらきらした瞳で、言ったそばからせがまれているみたいだった。
俺が夕飯とついでに明日の昼食を支度する間に、はとちゃんはむむにキャットフードやミルクを与えたり、洗い終わった洗濯物を干したりしてくれた。
こたつ布団が入ったこたつで、2人向かい合って夕食を食べる。冷食もあるし、男の一人暮らしの食卓の延長でしかないけれど、はとちゃんはニコニコして美味しい美味しいと食べる。
炊飯器のボタンは押されていなかったので、はとちゃんが焼いた食パンを主食にした。
パンを焼く機器を用意して良かった。毎日のように会社で昼にサンドイッチを食べている。愛妻弁当の気分だ。他の料理も時々2人で作って、一緒に勉強している。
はとちゃんは基本的に勤勉で、手先はかなり器用だ。
俺がYシャツにアイロンをかけていると近寄ってきて、やってみせて教えると自分で出来るようになった。電子レンジも、洗濯機も、炊飯器もそうだ。
パンの機械に至っては、俺には生地を作れないのでほぼほぼ教わる側だった。
あらゆる機器に、紙に使い方を平仮名で書いて貼っておいたので、それでやっていけるみたいだ。
ただ、それは精神的に上向きな時の話だ。
落ち込んでいると、手につかない。
あと忘れっぽい。
絶対に鍵をかけてね、インターホンが鳴っても出なくていい、って言ってるのに、よく鍵が開いている。むむを連れて散歩に行くのが好きなのはいいけれど、心配は尽きない。
恋人であり、子供のようでもあり、はとちゃんとの暮らしは未知との遭遇でいっぱいだ。
はとちゃんが入浴している隙にiPadにキーボードを繋いで、ちょこちょこと仕事をし、書類に目を通していると、
ご主人居ねえんだが、暇だ、とむむがはとちゃんの座布団の上でごろごろと毛をなすりつけている。時折尻尾で俺の膝にペチペチちょっかいを出す。
こいつ、はとちゃんには愛想よくなついたくせに、俺には塩対応なんだよな。
もう粗相しないで砂んところで出すし、首輪も巻いてすっかりうちの子になったが、俺にも優しくしてほしい。そう思い笑いかけたが、ふん、ってそっぽを向かれた。
今度、お前の背中でコロコロかけて毛を毟りとってやろうか……?
俺が風呂から上がると、はとちゃんは布団を2人分ぴったり並べて敷いて、用意よくローションやティッシュを枕元に置いていた。
布団を洗う手間がかからないよう、バスタオルを敷き布団の上にかけて、あからさまに準備万端だ。
石鹸のいい匂いがする。
蛍光灯をいちばん小さい橙の豆電球に切り替えて、堰を切ったように唇を奪い合う。
セックスに関して言えば、はとちゃんは体調が良くない時の方がエロい。
切実で、のめり込むように俺を求める。
俺から愛されることで精神の均衡を保とうとしているんだと思う。
それを抜きにしても、なんでこんなにはとちゃんはやらしいのか。隙だらけの表情でいつも好き好きオーラを発してる可愛い顔も、華奢で触りたくなる身体つき、縫合痕すら性感帯で撫で回しては乱れるし、たまらない。
この人を、この身体を好きに出来てしまうのが輪をかけて俺を奮い立たせる。
持倉さんが危惧していたのも分かる。はとちゃんを前にしたら、あどけなさと可愛らしさで男なら誰しも親切にしたがるだろう。
親切心は下心、性欲ありきの感情だ。そんな身体目当ての優しさは、人を幸せになんて出来ないのかもしれない。
いつかは歳を重ねてはとちゃんの外見の魅力は損なわれる。だから絶対に長続きしない、甘い蜜だけ吸ってサヨナラだ、持倉さんにはそう見えてる。
それでも。
俺は、はとちゃんに何もかも捧げてしまえる気分なんだ。何もかも俺のものにしてしまいたいんだ。
……幸いにして、俺たちは男同士だ。
子育てに関わる膨大な金額を、全て2人が豊かに暮らすために注ぎ込める。年金を貰えそうもないはとちゃんと、2人でささやかに生きて、死ねる。
手渡されてきた遺伝子のバトンを投げ捨て、はとちゃんの細胞と添い遂げる。
それを幸せだと、どうか呼ばせて欲しい。
体重をかけて小さな穴の奥まで何度も何度も俺を擦り付けて、快感を貪る。
開かれた足のすねをがっちり掴んで、圧し潰すように腰を打ち付けると、その衝撃でうめくように嬌声を上げ、縦に開かれた口は幾度も俺の名前を呼んだ。布団の側に置いたぬいぐるみの足をぎゅっと掴み、身体の力みをなんとか逃がそうともがいている。
だらしなく緩んだ目や眉の仕草で、気持ち良くて飛びそうになっているのが察せられた。痛くしてあげよう、と傷痕をなぞると、内側がきゅんと吸い付いて俺を欲しがる。皮膚はしっとりと汗がにじみ、中はぐちゅぐちゅと淫らな音を立てて俺にかき乱される。
「はとちゃん……俺の、俺だけのはとちゃん……。中に、出させて……イキたい、愛してる、愛してるよ」
「きてぇ♡ はやく、ぼくもう、んぅう、好き、好きなのぉ、あっ、あ、あああっ♡」
身体を密着させながら果てて、腹にはとちゃんが達した飛沫が垂れ落ちる。心地よい脱力感の中、はとちゃんの耳元で愛を囁く。
「はぁ……最高……。もうはとちゃん以外要らない……大好きだよ……」
汗まみれになった俺の背中にそっと腕を回して、はとちゃんは一言一句聞き漏らさないようにと身体を寄せる。うわ言みたいに、はとちゃんも好き、好き、ぎゅっとして、って呟く。汗で髪をほおにへばりつかせているのを撫でて、またキスを繰り返した。
身も心もこの人に夢中で、満たされてる。
この人さえいれば、他には何も要らない。
とはいえ、はとちゃんを養うには労働して賃金を得なければならない。
今日は職場の歓迎会で、一番街の飲み屋でビールを傾けている。
伊吹先輩と俺の転勤組。
それに、男女1人ずつの新社会人な新入社員が並んで、周囲を囲まれている。
パイセンは次々とジョッキを空け、そのペースでウキウキでお酌して回るので、皆かなり酔いが回っている。
はとちゃんが酒を飲めない以上、家の中に酒を持ち込むのは気が引けて、ちょっと久々に飲むビールは、妙に美味しい。
俺の隣で縮こまって正座している新入社員の男の太ももを、あぐらをかいた膝でつん、とつついた。
「最初の一杯も空けられてないけど、アルコール苦手? ソフトドリンク、頼む? ちょうどピッチャー空いたし、一緒に追加しちゃおうぜ」
「えっ、ああ、はいっ、お願いします。すみません、中々言い出せなくて……お酒、駄目なんですよね……」
遠嶋佑。ゆうと書いて、たすく。
なにやら『たすくん』という呼び名が定着しつつある。命名者はパイセンである。
鼻が高くてはっきりした顔立ちに、スポーツマンだったのだろう、肌が健康的に浅黒い。その見た目に反して、いやまだ猫を被ってるだけかもしれないが、気弱な印象だ。
ミスをして叱られると作業効率まで落ち込むタイプで、よくパイセンや俺が励ましていたら、すっかりなつかれている。
「……こういう飲み会の場でも、話しかけて貰わないと全然、切り出せなくて」
「びくびくすんのも分かるけどさ、機会損失はもったいないし、そもそもコミュニケーションは何事も基本だから、気楽に行こうぜ。……ま、たすくんは自分から行かなくても女の子から引く手数多だったんだろうなぁ。俺、超塩顔だから、うらやましいよ」
照れくさそうにはにかんで、遠嶋は眉を下げた。奥ゆかしいイケメンとか、いったいどんな人生を辿ったら生まれるのだろう。
「や、やめてくださいよー。ほんと……狭川さんこそ、モテそうですよね」
「あー、どうも。俺はもう、いいよ。今一緒に住んでる人さえいりゃ、あとはどうでも」
ちょっとずつ残された揚げ物を隣の皿まで奪い取り、オーロラソースで食べる。美味い気もする。
「……転勤がきっかけで、彼女さんと同棲し始めたんです、よね? どのへんに、お住まいで」
「青葉区の……ごめん、仙台の地理まだよく分かんないんだけどさ、大学病院の奥の……なんか小学校とか高校とか近くなんだけど」
「西の方の、南北線も東西線も仙山線にも微妙に距離あるあの辺すか。そんなに離れてないから、会社以外でも会えるかもしれないすね」
「そしたら仙台の楽しいところ、教えてよ」
「はい」
俺みたいな口のうまい怪しい感じの奴より、嘘のつけなさそうなこういう人柄の方が、実際営業向きな気がする。
本人は売る方じゃなく作る方、工場勤務にも履歴書出してたみたいだけど。
飲み会が終わり、二次会に行く人たちが別の店へと移動していく中、パイセンはひとり煙草をふかしていた。
「行かないんすか?」
「あまり遅くなると旦那に心配させるからね。狭川もそんな感じか?」
「ええ、まあ……」
「噂は本当だったみたいだな」
サッと酔いが醒めるような、鋭い眼光で先輩は俺を見やる。
「そんな気はしました。たすくんに限らず、皆ちょっと……お行儀が良すぎるというか。九重(ここのえ)部長に萎縮して、気を使い過ぎてるというか」
九重宗光。
仙台支店で最も地位の高い人物であり、社長の親戚筋にあたる。人事にもかなり口を挟むといい、社員を選ぶ段階で従順な性格の人物ばかりを入れてきた、という印象だ。
新しい血を拒み、硬直した帝国を築いてきた支配者。新陳代謝が為されない組織は右肩下がりになるだろう。
とにかく高圧的で、しばしば遠嶋がサンドバッグにされている。
「会社のトイレで率直に聞いてみたんだ。なんで奥の所だけ、空いてても誰も使わないのかって。
……そこで去年、首を吊った社員が出た、
って、教えてくれたよ。発見した子が鬱で休職している、それは遺書を九重に提出したら握り潰されたかららしい、って、ね」
2人も転勤させる余裕があったのではなく、
2人転勤させないと穴が埋まらなかった。
そういうことらしい。
とんでもない所に、俺たちは飛ばされたのかもしれない。
伊吹初乃はそれでも不敵に煙を吐いて、まるで楽しいみたいに口角を上げた。
やっぱサイコパスだわ、こいつ。
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