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未来の影がふと見える
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前売り券を取ってみたら、ヒーローショーは日に3回あって、そのうち2回はテレビに出てる本物の役者が登場するものだった。
完売していた。ビビった。
だから行く時間は、唯一チケットの取れたお昼時に合わせた。
はとちゃんは、俺が買ってあげた帽子にコートに靴まで履いて、何というかこう、完全に俺色に染めてしまった装いだった。
もこもこしてて、とてもかわいい。
そりゃまあ俺の好みの格好なんだから、当然といえば当然か。
ぴちっとした灰色のズボンに、化粧もしていないけれど、やっぱり性別不詳だ。
素でなんでこんなにまつ毛がくるんと生えてるんだろ。
……相変わらず、首から下げた手帳には、むずがゆいような気分にはなるのだが。
「……お、おこってませんか?」
「ん、えっと、何を?」
「でんわで……すごく、こう、つんつんしたことを言ってしまった、ような……」
あれでツンとか、マジもんのツンデレに失礼では。
むしろ、デレデレなんじゃないか?
……いや、それはうぬぼれ、かな。
「怒るはずがないよ。嫉妬してくれてありがと、俺のいちばんだよ」
マフラーに包まれたほおを赤くして、はとちゃんはうつむいた。耳の先まで薄桃色だ。
「年末年始はどうしてた? 初詣には行った?」
「人がいっぱいいると、こわいから、行かないつもりだったけど、みんないっしょだったから、行けたの。おおつぼさんと、しばさんと、えまくんと。しばさん、あまざけいっぱいのもうとして、おこられてた」
はとちゃんはおずおずと巾着袋を開き、中から紺色の御守りを取り出した。
「おおつぼさんに、えらんでもらったの。しゅうとさんが、ずうっとげんきでいられるように」
刺繍されていた字は『無病息災』だった。
「もらってください……」
なんで毎回はとちゃんは低姿勢でプレゼントしてくるんだろう、あげます、でいいんじゃないだろうか?
なんだっけ、あの警察官に花を捨てられたとかって言ってたよな。トラウマなのかな。
「……ありがとう、じゃあ俺からはお年玉、」
「あっ、管理人さんが、ものはいいけどお金はうけとるなって言ってたので、それはもらえません」
「ええ、なんで。いいじゃん、取っときなよ。俺と会うのに使ってくれたりとか、ほら、通話代だと思ってよ。ね、もらって」
強く押しつけると、しぶしぶ、という表情ではとちゃんは受け取り、バッグの奥底に仕舞った。
手をつないで、ヒーローショーをやるステージへと向かうと、赤いヒーローが何人かロビーに出てきて、ちびっ子と握手をしていた。
この赤いのが、特別なのかな? 普通赤って真ん中に1人いるだけだよな?
「あー、チーフだあ。かっこいい……! キングもいる……マーベラスも……すごい……!」
どれのことを言ってるのかはさっぱり分からないが、とにかくはとちゃんは手をふりふりして喜んでいる。
そのうち、赤いヒーローの1人が近づいてきて、はとちゃんは握手をしてもらった。ヒーローが胸の前でサムズアップするようなポーズをしたら、はとちゃんも真似してそれをした。
あどけない、きらきらした瞳だ。
「……病院でね、ビデオを見てたの。かんごふさんが、じょうえいかいをしてくれて、なんかいも見てた」
「へえ、病院で……。今年はなんて奴なの? 何レンジャー?」
「なんだったっけ。テレビがおへやにないから、さいきん見てないんだあ。さっき、ショーのせつめいのちらし、もらったから、見てみるね」
チラシには忍者の格好をしたヒーローが載っていた。俺が子供の頃にも忍者みたいな奴があったな、と思い返しながら、流せない発言にはとちゃんを思わず見つめる。
「……えっ、テレビが部屋に無い? ちょ、ちょっと待って、そんなにお金無いのか!?」
「しばさんのおへやにはあるから、たまにいっしょにテレビ見るよ。しばさんスポーツ好きだから、えきでん見たんだー」
ある意味ルームシェアならではの、家電の節約なのだろうか。いやでも、テレビ無いってやばくないか?
調べたけど、生活保護を貰ってる家でさえ、テレビはおろか車も使えるっていうじゃねえか。
最低限文化的、とかいうそれを貰えるギリギリのラインの生活を、さらにぶっちぎってねえか?
なんでお年玉貰うななんて言った、管理人この野郎……!
ほどなくして時間になり、ステージの前の椅子に座った。予約の時に端の2席を取り、端にははとちゃんを座らせ、隣に女性が座らないように気をつけた。
思った以上に大人、というか女性が多くて、前後のイケメンの役者が登場するショーの客が入ってんのかな、と察する。
通路を女性が通りすがるたび、肩をこわばらせているはとちゃんを、そっと自分の方に引き寄せて、帽子を外させる。
ショーが始まると、想像以上にガチなアクションが繰り広げられていた。
天井から伸びたロープにつかまり動くわ、二階くらいの位置から飛び降りるアクションがあるわ、床下から飛び跳ねて赤いヒーローが忍者を助太刀にくるわで、ビックリした。
通路を颯爽と赤いヒーローが通ると、はとちゃんは驚いて、とても喜んだ。その声は子供たちの応援や歓声に紛れて、ショーを華やかに彩るようだった。
ちょっと馬鹿にしてたのかもしれない。子供向けでも、大人が手を抜いてないのがよく分かった。
ショーが終わり、はとちゃんはうっとりとした表情で、あれがかっこよかった、つよかった、すごかった、と感想を言っていた。
固有名詞が飛び交い過ぎて何のことやらだが、楽しめたんだな、と分かった。
もしも人の親になったら、こんな日常が訪れるのだろうか。
……それは、はとちゃんと一緒にいる限り、およそ叶う事のない未来だ。
だけど、その未来にはかけがえのない人がいる。愛がある、それだけでいい、とも思う。
自分が親に向いているとも思えない。
あいつらの血を引いている俺はきっと、いい親にはならないんだろう。まあ、似たような遺伝子は姉や弟が残してくれる、か。
子供みたいに温かい手を繋いで、モールを一緒に歩きながら、ふと視界にゲーセンが目に入って、はとちゃんの手を引く。
「……ね、一緒にプリクラ撮ろうよ。記念になるよ」
「ぷりくら……? あっ、うん、とりたいです」
プリクラも男同士だと駄目、なんて言うらしいが、流石はとちゃんは顔パス状態で難なく機械の前まで来られた。
最近の機械は撮るポーズのおすすめを色々してくるのだが、
「次は、ほっぺにチュー!」
という指示に、はとちゃんは顔を真っ赤にして俺のほおに唇を寄せようと背伸びをするので、たまらなくなって唇を奪ったらそこでシャッターが切られて、2人して照れながら文字を書き込んだ。
今日の日付や、ヒーローショーを見たこと、今年もよろしくね、だいすき、など、はとちゃんが書きたいことは代筆した。はとちゃんはハートマークをたくさん描いた。
10代の頃でさえ、こんな甘々な感じにはしなかったよな、と顔がどんどん熱くなる。
プリントアウトされてきた写真を点線のところで半分に切り離し、はとちゃんに手渡すと、はとちゃんは俺と見比べるように交互にプリクラと俺とを見た。
「……ほんもののしゅうとさんのほうが、かっこいいねえ。でも……だいじにします……毎日、夜はこれを見つめて、ねます」
はとちゃんはキスをしてる写真にそっと口づける。
さっきの唇の、ふんわりととろける感覚が呼び起こされて、腹の下らへんがむずむずする。
「っ……はとちゃん、あんまり……煽るようなことは……俺ちょっと、今やばいから……」
「どうしたの? ……おトイレ行く?」
「そっちじゃなくて……や、やらしい気分っていうか……」
「……あ、あの、来るまえに、おしりきれいにしてきたよ……? もう、きずもなおったみたい……」
小声でそう呟いて、はとちゃんは上目遣いで俺を見つめる。
煽るなと言ったそばから、とんでもねえ。
そんな、確かにちょっとご無沙汰ではあったけど、もはや誘ってるよ、誘われてるよ。
みっともない事に、ジーンズがテントを張ってしまった。ああもう、一応この後見て回る計画ぐらいは立ててたのに、台無しだ。
結局、俺は性欲に勝てない、良くない男か。
「……やっぱトイレ、一緒に行こうか。ごめん……抜かせて」
「うん、いいよ」
はとちゃんと近くのトイレを探して駆け込み、2人で個室に入って、鍵を閉めた。
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