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後編
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ナツ君はもしかしたら、たまにはひとりになりたかったのかも知れない。
部活やサークルの合宿なんかで、集団生活の経験がない訳じゃないけど、オレもナツ君も、小っちゃい頃から自分だけの部屋があった。
今はワンルームの学生アパートに住んでるけど、実質、自分だけの部屋があるのと同じことだ。
親にも兄弟にも干渉されない、ひとりだけの空間。それは、あって当たり前のもので――オレっていう異分子が、あんま頻繁に干渉すべき場所じゃないのかも。
ワンルームだと逃げ場所がないし、空気がちょっとでも悪くなると、すぐに息苦しくなってくるし。こんなこと、もっと早くに気付けただろうって、反省した。
ナツ君は優しいから、きっと、「もう帰って」とか「ひとりにして」なんて言えなかったんだと思う。
オレが傷付くの分かってるから、そういうこと遠慮して、きっと我慢してくれたんだ。だから、今度はオレが我慢しないと。
甘えるの我慢。長電話も我慢。ナツ君ちに入り浸るのも我慢、だな。
自分ちで迎えた日曜は、そのままずっとひとりで過ごした。サークルの集まりもないし、バイトもないから暇だった。
することもないから片付けして、洗濯して、布団も干した。
数日溜めた洗濯物は結構な量で、ベランダに干すだけでも大変だ。そういえばナツ君は、昨日洗濯もしてたっけ。
早起きしてさっさと着替え、ベランダでテキパキ洗濯物干してるナツ君を、オレはベッドでぼうっと見てた。
ちょっとくらい、手伝った方がよかったかな?
今更思いついたって遅いけど、もし今度泊まるなら……いつになるか分かんないけど、「手伝うよ」って言ってみよう。
昼食に冷凍うどんをもそもそと食べ、午後はレポートに取り掛かる。
そういや提出日までは1週間もなくて、遊んでる暇なかったなぁって、ちょっと焦った。
――夜、一緒にメシ食わねぇ?――
ナツ君から連絡があったのは、午後3時頃だった。
学生街の定食屋は、日曜休みの店が多い。日曜の夜に外食しようって思うと、駅前のカレー屋か、ラーメン屋、歩いて15分のとこにあるファミレスチェーン店しかない。
いつもなら「オレ、作るよ」って、食材買ってナツ君ちに押しかけてたけど、我慢しようって思ったんだから、我慢しなくちゃ。
ちょっと迷って、「いいよ、どうする?」って返事を打ったけど、送信しようとして、直前でやめた。
自分が「どうする?」って訊かれるのイヤなのに、「どうする?」って訊くの、丸投げだ。
――いいよ――
そんだけ書いて送信すると、今度は彼から「どうする?」って返事が返って来た。
こんな「どうする?」も苦手だ。
ナツ君は、いつもいつもオレを試してんのかな? それとも、自由にさせてくれてるんだろうか?
――駅前のカレー屋でいい?――
――カレーなら、お前の手作りのが美味い――
提案をあっさり覆され、逆に誉められて、ドキッとした。
不意打ちでそんなこと言われると、「じゃあ、作る」って言いたくなる。昨日、あんなに気まずく帰ったばっかなのに、オレ、ホント懲りないな。
――じゃあ、また今度――
短い返事を送信して、ナツ君からの回答を待つ。
彼からの返事は少しだけ間が開いたけど、6時に店の前で待ち合わせだって言われて、がっかりしたと同時にホッとした。
一緒にお店のカレーを食べた後、ナツ君がまた、例のセリフを口にした。
「この後、どうすんの?」
「どう、って……」
いきなりの質問に、きゅーっと胸が苦しくなる。ナツ君が何を望んでんのか、何を予想してんのか、まるで分かんない。
オレに「泊まりたい」って言わせたい? それとも、「帰ろう」って言うのを望んでる?
昨夜のやるせない気持ちがじわじわと溢れて来て、気分が一気に降下した。
「わ、分かんない」
ナツ君の気持ちが分かんない。
ムスッとした顔で「どうすんの?」なんて言われたって、答えようがない。
「分かんねーって、またそれか」
呆れたように言われて、グサッと胸が痛んだけど、どう言えばよかったかも分かんない。ただ、彼の望んだ回答じゃなかったんだって、それだけは分かった。
「ナツ君は、一緒にいたくないの?」
思わず訊くと、ちっ、と舌打ちされて、またグサッと来た。
「そういう言い方は卑怯だっつっただろ」
「卑っ……」
卑怯だとは言ってない、って、口答えしそうになったけど、胸が痛くて言えなかった。ナツ君、昨日は「ズルい」って言ってたけど、ホントは卑怯だって思ってたんだな。
ただ、昨日のは甘えた気持ちもあったけど、今のは純粋な質問だ。
ナツ君の気持ちが分かんない。一緒にいたいって言って欲しいけど、無理矢理言わせたい訳じゃないし、こんな気持ちで一緒にいても仕方ない。
彼の本音が聞きたい。望みが知りたい。
ぶわっと涙があふれ、自分で止められなくて焦る。早く泣き止まないとって思うけど、逆に嗚咽まで漏れて来て、もう自分じゃどうしようもなかった。
「ふっ……うえっ……」
道端に立ったまま泣き出したオレを、ナツ君が黙ったまま眺めてる。
迷惑だろうって思って、「ごめん」って謝りたいのに、胸がいっぱいで言葉にならない。
「泣いてばっかだな、お前」
そんな言葉に、突き放されたみたいに感じて、ガーンとなった。
心の中が空っぽになって、胸の中にこみ上げてたモノの水位が一気に下がって……だから、ぽろっと言えたんだと思う。
「だってオレ、『どうする?』って訊かれるの、イヤなんだ」
って。
「選択問題、解かされてる気になってイヤだ。どれが正解か、ナツ君の気持ちも分かんなくて、イヤだ。えっちの後、余韻に浸らせてくれないのもイヤ。オレ、もうちょっとゴロゴロしてたいのに……服、着ろって。さっさと起きて、帰れって、言われてるみたいでイヤだった」
支離滅裂だなって、自分でも言いながら思ったけど、今はとても論理的に考えるなんて無理だった。
ナツ君のこと、ヒドイとかイヤだとか思ってても、嫌いになれない自分もイヤ。
「はあ……?」
戸惑ったように絶句してるナツ君に、じりっと胸が焦げた。
オレの言ったこと、予想外だったみたい。きっとぽかんとしてるんだろうって思ったけど、今はちょっと顔が見れない。胸がいっぱいで余裕、ない。
「ナツ君ち、行っていいのか分かんない。ナツ君が、来て欲しいのかも分かんない。オレばっか、行きたいって思ってても、歓迎されないなら、行きたく、ない。オレばっか、好きみたい。そんなのもう、イヤなんだ!」
べそべそ言いながら、嗚咽を漏らす。
まだまだ言い足りないし、もっともっと文句言いたいけど、頭の中が空っぽで、それ以上何も浮かばなかった。
頭が空っぽになった分、胸の中にいろんな思いが満ちて来て、切なくて涙が止まらない。
黙って聞いてたナツ君が、ぎゅっと抱きしめてくれるのを、抵抗する気力もなくて受け止める。
これじゃ、望んでたみたいだって思ったけど、逃れるために腕を動かすのもしんどかった。
「ごめん、ユキ。オレんち行こう。来て欲しい」
低い声で囁かれ、何も言えずに1つうなずく。
「泣かせてごめんな」
頭を撫でられて、ちゅっとキスされて、「んっ」ってうなずきながら、また泣けた。
外だよ、道端だよ、って思ったけど、どうすればいいか分かんない。
人目なんて気にしてないみたいな態度をとられると、そんだけでちょっと嬉しくて、自分でも単純だなぁって思う。
肩を抱かれ、支えられるようにナツ君ちへの道を歩かされるのを、嫌がるそぶりもできなかった。
「オレはこういう性格だからさ、言って貰わなきゃ分かんねぇよ」
歩きながらぽつりと言われるのを、黙って聞く。そういえば、前にも似たようなこと言われたなって、ふいに思い出して、愛おしさが湧き上がった。
ナツ君が好きだ。この人に溺れてる自覚ある。いつもいつもはイヤだけど、彼から貰うなら、こんな切なさも悪くない。
「んっ、オレも。……言葉、足らなくて。うまく言えなくて、ごめん」
謝りながら、顔がじわじわ熱くなるのを感じた。
「おー」って掠れたような声での返事を耳にして、ナツ君も照れてんのかなって思う。
勇気を出して、寄りそうナツ君の顔に目をやると、彼も同時にオレを見て、恋人なのにドキッとした。
気が合わないなって瞬間があると、とてつもなく寂しくなるけど、こんな風に気が合うなって思う瞬間はいっぱいあって、ちょっとの寂しさも吹き飛んでしまう。
オレたちはこれからもきっと、いっぱいケンカするし、いっぱい泣いて、呆れられたりもするんだろう。
けど、そんなのは些細なことだし、2人なら乗り越えられる。
ひとりで溜めこまないで、ちゃんと自分の気持ち、話せるだけの勇気を持とう。
ナツ君を大好きな気持ち、大事にしよう。
この人が恋人でよかったと思った。
(終)
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