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「おはよう、」
起きて来た井端甫の表情は暗く、未だ帰らぬ彼等に不安の色を浮かべていた。
「おはよう、甫。今日は店を閉めようと思う。春一のやつも大分参っているようだし、俺にこの店を開けるだけの情報も権利もない。」
カウンターに腰掛け、朝日に照らされる閑散としたホールを見つめる向田篤士はその何もない空虚な空間に向けて呟いた。
彼等がいない。
それだけのようでいて、とても大きな空白。
まだ店に来て日は浅いが、彼等に叱られ、助けられ、共に働き、笑った日々は色濃く向田篤士と井端甫の心に刻まれている。
共に命をかける覚悟で彼等とともにいる事を選び、復讐という終わりのない、負の連鎖への加担という罪を負い、これからその目的に向け、歩み始めようと決めたばかりだ。
「……甫。」
向田篤士の呼びかけに井端甫は拳を強く握りしめた。
「篤士、お願い昴を、悠さんを連れて帰ってきて。」
井端甫の瞳は濡れていた。静かに流れる涙は朝日に照らされて、美しく、儚く彼の輪郭をなぞっていく。
そっと手を伸ばし、井端甫の頰に触れる。まだ、何もわからない。情報はなく、彼等の安否も行方もわからない。ただ祈ることしかできなかった。
ーどうか、彼等が無事でありますように。
**********
目の前に広がるのは赤い血の海。
過去の光景と重なり、九十九昴は朦朧とする意識を無理やり覚醒させた。
「悠!!!」
必死に藤木悠の元へ向かおうと足掻く体はまるで自分のものではないかのように思うように動かない。暴れれば暴れるだけ、息が早くなり、意識が霞む。
「ゆう…」
もう一度振り絞るように出した声は小さく、シーツの擦れる音に紛れて、白い空間の中に消えていった。
背中に刺さるナイフが部屋の白を反射して怪しく光り、まるで生きて藤木悠を食い物にでもしているかのようだ。
どうしたらいい、目の前の彼を、愛する者を救うための手立てが自分にはないのだと、その力がないと追い詰める心は九十九昴の体に少しずつの変化をもたらしはじめた。
「ようやく、変化が始まったかな。」
夏目史隆の意味深な呟きに九十九昴は、動かない体を諦め、視線だけ向けた。彼は楽しむように藤木悠のとなりで広がる血の海に足を浸して遊んでいた。
異常であるとしか思えない行動に、なぜ彼が夏目直孝の弟なのだろうかと不思議に思う。
憎くて憎くてたまらなかった。
赤い髪をいじりながら、九十九昴を見つめる夏目直孝は九十九昴の瞳に自らに向けられた憎しみの色が濃くなるのを感じ、瞳を大きく見開いた。
「見つけた!やっぱりここにあったのか!」
突如そう叫んだ夏目史隆は、九十九昴の横たわるベッドの横に置かれた機械が映し出す信号に興奮気味に駆け寄った。
そして慌てて血液を抜き取る機械を止め、昴の腕につながれた管を抜き取った。解放されたものの多くの血液を抜き取られた九十九昴は目眩や倦怠感、吐き気に襲われ、ベッドの上でうずくまる。
思わずあげられた大きな声に、薄れていた意識を引き戻した藤木悠は目の前で起こっている事態を把握できずにいた。
白いベッドに蹲る九十九昴と、興奮気味にその脇に置かれた機械に見入る夏目史隆。出血は多いものの、背中の傷は深くはなく、急所も外れていたため、まだ動けそうだった。
幸いなことに興奮する夏目史隆は藤木悠の意識が戻っている事に気がついていない。今しかないと、歯の間に仕込まれた緊急時のためにと有村春一監修のもと作成されたgpsのスイッチを押す。
強い電波を発し、どこにいようと信号を送ることのできる機械はその電波の強力さゆえに相手に気取られやすく、長くスイッチを入れておくことはできない。
しかし一瞬でもスイッチを入れてしまえば、そのいどころは必ず有村春一の元に届くようになっていた。
ーまさかこのgpsを使う時がくるとは、思わなかった。
作成した当時、3人でそれぞれ何かあった場合の緊急手段として歯の間に仕込んだ。使わなくて良いことを願いながら。
ーこれであいつが気づいてくれれば、
そう願いながら、藤木悠は再び意識を手放した。
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