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トラ先生慄く②
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「悪い、がー谷。待たせたな。」
放課後、人の居なくなった教室でぼくは待ちぼうけをしていた。
とは言っても、古典の教科担任からお借りした史料を読み耽っていたので、全く退屈していなかったけど。
「ううん、構わないよ。」
ぼくは声のした方に笑いかけて応えた。
そこには、ぼくに頼みがあるから放課後残ってくれ、とそっと耳打ちしてきた級友の八車墨人(やぐるま ぼくと)君と、その隣に細面の上品な佇まいの少年がこちらをじっと見ていた。
「がー谷、紹介する。E組の梶本 衆。まぁ家柄上、幼馴染みっていうやつだ。」
墨人君は教室の中に入って来て、後についてきた細身の少年を、ぼくに紹介してくれました。
「はじめまして。良賀谷 流雨です。よろしく。」
ぼくが手を差し出すと、静かに名乗りながら梶本君も手を握り返してくれました。
「お家の繋がりの幼馴染みということは、梶本君も雅楽奏者なの?」
墨人君のお家は[囃子方]とよばれる舞台奏者の中でも、古い流派の名家なのだそうです。
ぼくは日本の古典に疎いので(自主勉強もしているものの…)伝統芸能の世界のことも、さっぱり分からないのですが、とにかく由緒あるお家なのだということは理解してます。
「いや、衆は演じる方だ。」
墨人君が掌を返しながら、こたえる。
「演じる…」
ぼくが梶本君に聞き返すと、
「舞う、が正しいかな。僕の家は能楽師の大家【秋山】なんだ。知っている?」
梶本君も掌を返す仕草をする。…どうやら扇子に見立てていたらしいと気付いたぼくに、首をすくめて微笑し、聞き返される。
いくら親しみがない世界といえど、その名は世間一般でも聞き及びがある有名芸能一門だ。
「もちろん。…でも、能や古楽の世界はさっぱり…梶本君のことも…ごめんね。」
ぼくが口籠ると
「ははっ、気にしないでいいよ。良賀谷君、帰国子女だし、転入してまだ数ヶ月だもの。」
なんとも優しく物腰柔らかに微笑んで、フォローしてくれる梶本君にすっかり好感を持ったぼくに、墨人君が無言で片眉を器用に上げてみせる。
「?…それで、ぼくに頼み事というのは?」
墨人君の意図が読めず、疑問符を浮かべたまま本題の用件を問う。
「稽古を付けてくれないかな?」
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