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今日、俺はおめでたい事に結婚をする。
貰うのはお嫁さんではなく旦那様。
優しげな目元に銀色のフレームを飾った柔和な雰囲気を纏う霧生組若頭 渡良瀬啓一、この男性と。
俺が生まれた家は変わっていた。
男娼として霧生組にイロを提供する立花の生まれだった。
生まれた時からお前は霧生組に嫁ぐんだと言い聞かされ、毛も生えていない頃から何度も何度も繰り返された。
霧生組というヤクザに嫁ぐにはそれなりの嗜みが必要だった。
幼少から武術や舞を習い、精通を迎えた頃からは男性を悦ばせる技術を学んでいった。
それも全て、この日を迎える為に。
ふと視線を感じた。
柔らかな表情がふにゃ、と崩れ微笑む旦那様もきっとこの日を待っていたのだろう。
恰好良いと素直に思った。
膝に置いた手が自然と拳になっていた。
するりと重ねられたあたたかな手のひらにどくり、心臓が跳ねた。
「雪、緊張してるの?」
重ねた手のひらが優しく拳を撫ぜる。
縋るような視線を返していたらしい俺に少しだけ困った様な表情で髪を梳いてくれた。
16を迎える俺は高校入学と同時に嫁入りをする。
てっきり組に囲われるんだと思っていた俺に組長が高校への入学を薦めてくれた。
そして今日、両家立会いの下俺は霧生組若頭の妻になる。
深く深く息を吐く。
甘く香る啓一の香り。
ぺたりと肩に凭れすん、と鼻を鳴らすとむずがる啓一の笑い声が発せられた。
「ねぇ、くすぐったいよ。」
くすくすと笑い大きな手のひらが髪を撫で付けていく。
「啓一さんいい匂い…。
安心する。」
少しだけ逆上せた様な頭で呟くと顎を掬われ啓一と目が合った。
「もう、あんまり可愛い事言わないの。
夜まで待つの大変なんだから。」
悪戯っ子の様な微笑みで告げられた言葉にじわり、頬が熱くなった。
ふに、と唇に触れた指にちゅ、と音を立て口付けると身を起こした。
扉の前で足音が止みコンコンコン、とノックが響く。
啓一が入室を促すとそこには短髪で眼光の鋭い大男が立っていた。
彼は霧生組幹部 林田孝夫さん。
若頭付きの側近から今日付けで俺付きとなった人だ。
「失礼します。
親父がそろそろ花嫁に会わせろと騒いでるので移動をお願いします。」
呆れを浮かべた視線が啓一と雪に投げられた。
思わず笑ってしまった雪に啓一は頬を引きつかせ笑いを耐えようとしていた。
一頻り笑いの波が過ぎるのを待っていた林田がす、と横にずれた。
林田の奥からは実家で使えていてくれた侍女が姿を見せた。
深々と頭を下げた彼女は普段よりも心なしか凛とした表情でそこに立っていた。
「旦那様、奥様の身支度を致しますのでお先にお行きくださいませ。」
扉を開けにこやかに告げた侍女 華絵に啓一が腰を上げた。
立ち上がりついでに雪の柔らかい髪を撫で付け待ってるね、と囁いた旦那様は颯爽と会場へ向かっていった。
ぱたん、と閉まった部屋には華絵と雪の二人きり。
くすくすと立つ笑い声に雪の頬はほんのりと赤く染まっていた。
「華絵、笑い過ぎ…。」
「ふふ、すみません。」
幼少から互いを知っている相手に照れくささが勝ってしまう。
尚も笑い続ける華絵が持参したボックスを机に置き雪の隣に腰掛けた。
化粧品を手際良く取り出し並べていくのをただ見ていた。
こうした場では化粧をする事も度々あり雪自身学んだし手慣れている。
しかし華絵は微笑みながらこの日だけは贈らせて欲しいと雪に訴えたのだ。
ぽふ、と柔らかい感触が顔を行き来する。
軽く粉を叩かれ軽く上げた睫毛に縁どられた薄茶色の瞳。
形良くふっくらとした唇に紅をさせば殆ど完成だ。
「雪様はこれくらいで済んじゃって羨ましいですね。」
ぷく、と頬を膨らます華絵。
その目は優しく笑みを模っていた。
昔から人目を引く事は自覚していた。
色素の薄い茶色い髪。
切れ長でぱちりとした瞳に真白い肌。
何度連れ去られそうになった事か。
「華絵だって可愛いよ。」
「なんです、それ。
嫌味ですか。」
膨らんだ頬に突き刺した指。
けらけらと笑う雪に華絵は寂しさを感じていた。
髪を結い上げられながら昔を思い出していた。
ずっと華絵が守ってくれていた。
雪より先に武術の稽古を始め、学校の行き帰りも常に居てくれた。
雪自身色々と仕込まれた武術によって不審者撃退はお手の物だったのに。
それでもその守る手はずっと雪の行く先を示し続けていた。
鏡の中には白無垢の花嫁。
手を取られ目を合わせた華絵が口を開いた。
「どうか、雪様の幸せに終わりなどありませんように。」
「ありがとう、華絵。」
潤ませた瞳はきらきらと輝いていた。
「さあ、行こうか。
旦那様に娶られに。」
にい、と笑顔を溢す雪に笑顔が返される。
扉の外に待機していた林田が頭を下げた。
「お待たせ致しました。」
いいえ、と無表情にそれでもここには優しい人しか居ない事は知っている。
離れから本館に続く渡り廊下には大広間に入りきらなかった人々が敷き詰められる様に立っていた。
林田の後ろを毅然とした風貌で歩く花嫁に投げられる祝いの声は酷く温かく感じた。
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