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佐々木は目も鼻も真っ赤にして、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。晴が彼のこんな表情を見るのは初めてだ。
傷ついている、という顔。捨てられた子どもみたいな。
「はる、はる、」
ガラス越しだから小さな佐々木の声は聞こえないけれど、その唇の動きで自分の名前を呼ばれていることを悟った。
『はる、俺ははるをしあわせにするよ』
なぜかこんなタイミングで、制服に身を包んだ彼が言った言葉を思い出す。
そうだよ、俺はしあわせだったよ。
頭の中で呟いた言葉は、そう、過去形で。それでも、一度はしあわせにしてくれたのだから、佐々木の言葉は嘘ではなかったのかもしれないとも思う。
「はる、ごめんね、」
もうそんな言葉は信じない。
きっと彼はまた繰り返すから。
6回目もいつか来る。7回目も、8回目も、そして9回目も。
だから、「別離」。
別れること。離れること。
その前に、知りたかった。浮気をした佐々木の気持ちを。けれど佐々木と同じところに堕ちてみても、彼の気持ちはひとつも分からなかった。
今こうやって、彼の傷ついた姿を見たって何も救われない。
「はる…!俺不安で、…ゆるして…!」
佐々木は窓に額を押し付けて、晴を見上げた。窓越しに縋り付くように叫ぶ彼の声は、ガラスに遮断されたからかなんだか遠く聞こえた。
不安だったから、何?
佐々木はおかしーよ。どっかが壊れてるよ。こんな形で佐々木を追いつめた俺に言えることではない。好きでもない人と身体を重ねて悦んで、今の俺も相当頭がおかしい。
それでも、不安なときに佐々木を傷つけようなんて思ったことはないし、それが普通のことだと晴は今でも思っている。
でも。
佐々木を壊したのは、俺だったのかもな。
晴はずるずると、しゃがみこんだ。ガラス越しに佐々木の顔が近くて、けれど今はものすごく遠くにいる人のようだ。
「う、」
泣いてはだめだと思っても、余計に涙が出た。
崩壊を思わせる音は、いつだって耳の近くで聞こえていた。1回目、2回目、3回目。回数を重ねるごとに佐々木がおかしくなっていることに、晴は気づいていた。
けれど晴にはそれを止める強さなどなかったし、最後の最後でこうやって、佐々木との決定的な終わりをもたらすことしかできなかった。
何か他に方法があったということは晴にも分かっていて、けれどその方法の中身までは見えなかった。ただそれだけ。
佐々木は何か分かったかな。俺の気持ちが少しでも分かったのなら、もう繰り返さないで。いつかどこかで出会うであろう、誰かのために、強くなって。
しあわせに、なって。
「佐々木、さよなら」
その声は聞こえなかっただろうけれど、嗚咽をもらし始めた彼には、きっと伝わったのだろう。
佐々木、さよなら。
お別れだよ。
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