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《番外編》Eat a thunderbolt. (SIDE律耶)
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「楽しかったな」
「楽しかったですね~」
手から提げた紙袋には買ったばかりの楽譜がたんまり入っている。
このショッピングモールは最寄り駅が二人のちょうど中間地点だから以前からよく利用していた。
「タクシー呼ぶか」
「歩きましょうよ、涼しいし」
まだ6月になったばかりだというのに、日中は30度を超える真夏日となっていた。
だけど一旦日が落ちれば気温もグッと下がり、過ごしやすくなる。
「帰ったら早速練習だな」
「え~。さっき買ったケーキ食べてっからにしましょうよ」
「ケーキは練習を頑張ったご褒美だ」
「はぁ~い」
頬を膨らませてみせる漣人を眺めるだけで、穏やかで満ち足りた気分になる。
いい休日だったな。
そんな楽しい空気に水を注すようにやってきたのは、俺の大嫌いなあいつだった。
「何か雨の匂いがしませんか?」
「そうだな」
天気予報では晴れマークだったから傘は持ってきてなかった。
やっぱりタクシー呼べば良かったな。
そう思った次の瞬間。
ピカッ。
「うわっ」
あいつだ。
まだ6月なのに。
早すぎないか。
遠くの方で雷鳴が聞こえると同時に、手の甲にヒタっと生温かい粒が落ちた。
「先輩、こっち」
漣人に手首をグッと捕まれて、引っ張られるまま駆け出した。
行き着いた先は小さな児童公園のど真ん中に鎮座するコンクリートのてんとう虫。
かまくらのようなドーム型の遊具に身を屈めて避難すると同時に雨脚は激しさを増した。
「間に合って良かったですね」
「ああ」
あのまま外に居たらずぶ濡れだ。
ピカッ。
ゴロゴロゴロ。
大きな雨粒が打ち付ける音も、雷鳴を掻き消すことはできない。
「ここはコンクリートですから。こんな安全な避難場所はないですよ」
「本当か?」
「はい」
本当は俺が漣人を守ってやりたいのに。
雷だけはどうしても克服できないでいる。
「大丈夫ですよ」
漣人の指が静かに俺の指と重なる。
指先から伝わって来る体温が恐怖心を少しだけ削いでくれた。
「俺ね、ちょっとだけ雷に感謝してるんですよ」
「どういう事だ」
「いつもと違う律耶先輩の顔を見せてくれるから」
何だそれ。
俺は誰が何と言おうと雷は大っ嫌いだからな。
「あの日の雷がなければ今、先輩とこうしていなかっただろうし」
漣人の言う夜の光景が脳裏に浮かぶ。
「いつも完璧で隙がなくて高嶺の花の先輩だけど、雷の日だけは何故だか身近に感じられるんですよ」
ならば。
雷もそう悪くはないのかもしれないな。
ーーピカッ。
ズシャーン。
いや、やっぱり無理だ。
さっきより近くなった雷鳴に心拍数が上がり呼吸が苦しくなる。
そんな事はありえないとわかっていても、晴れた空を見ることは永遠に叶わないのではという恐怖で血の気が引くのを感じる。
「先輩、さっき買ったエクレア食べましょうよ」
出しぬけに何を言い出すのかと驚く俺を尻目に、漣人はケーキの箱を開け出した。
「はい、先輩の分」
目の前に現れた甘い香りに戸惑っていると、指を開いてエクレアを握らされた。
「先輩、今すごく顔色悪いから。甘いの食べたら楽になりますよ」
そう言って漣人は自分が先に頬張ってみせた。
「めっちゃ美味しい。ほら、先輩も」
漣人に促されてエクレアにかぶりつくと、チョコクリームの風味が口いっぱいに広がる。
正直食欲なんかないけど、懸命に雷から気を逸らそうとしてくれる漣人の為にもと思い何とか平らげた。
漣人の言うとおり、食べたら身体が少し楽になってきたようだ。
「雷も遠くなってきましたね」
この分ならじきに雨も止むかもしれない。
そうしたらタクシーを呼んで帰ろう。
「敵わないな」
「え? 何ですか?」
「何でもない」
漣人には敵わない。
雷にも動じることなくこうして俺を救ってくれるから。
ありったけの感謝を込めてその瞳を見つめた。
(完)
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