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コンクールの大悲劇-5
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「お待たせ」
「ありがとうございます。いただきます」
砂糖とミルクがたっぷりと入った甘い甘いミルクコーヒーが今日一日のあれやこれやで傷だらけになった胃に染み渡る。
先輩なのに偉そうにしないで、こうやっていつもお茶を入れてくれる凪は後輩の味覚の好みまでしっかり把握している。
1年だか2年だか知らないけれどほんの少しだけ早くこの世に生を受けたって言うだけで天下を取ったように横暴の限りを尽くす誰かとは大違いだ。
(出水先輩も少しは凪先輩のこと見習えばいいのに)
律耶だって外見だけなら男前だ。背が高くてキリッとした意思の強そうな目に、オールバックの黒髪がよく似合っている。
ピアノの練習で忙しい筈なのにどこで鍛えてくるのか、綺麗な筋肉が付いた身体は同じ年頃の男子として羨ましいことこの上ない。
と、ここまでなら凄くいい男だ。
けど、残念ながら性格が凄く悪い。漣人が生まれてこの方出会った人間の中でダントツに性格が悪い。
凪のような繊細な心配りというものが全くなく、デリカシーの欠片もない俺様な立ち居振舞いで周囲から恐れられている。
練習もスパルタで、律耶の下についている男子学生が練習のあと真っ赤な目でレッスン室から出て来るのを見たのは1回や2回ではなかった。
この間だって、体格も華奢で顔も女子に負けず劣らず可愛らしい先輩が、出水先輩の練習室から出てくるやいなや楽譜に顔を埋めて階段に座り込んでいた。
その肩が震えているのを見て、一緒にいたサークルのメンバーは眉を潜めて「こえーな、鬼軍曹様」「別の意味で泣かされてたんじゃないの」と口にしていた。
どんなレッスンの仕方をしたら大の男を泣かせることが出来るのか気にはなるものの、この目で見たいとは決して思わない。
レッスン室の前でピアノの音色に耳を傾けていたら、律耶の「半拍遅いっ」という怒鳴り声と共に竹刀を叩きつけるような音が聞こえてきて、廊下の端まで全力でダッシュした。
元柔道部の猛者である先輩ですら、叩かれるのが怖くて律耶の稽古をボイコットしたという噂は何度も耳にしたことがある。
サボりに激怒した律耶に会うのが怖くてそれ以来その先輩は学校に来ていないという後日談もあるが本当のところは分からない。
漣人は柔道の経験はないけれど、厳しい猛練習に耐えている部員には打たれ強いイメージしかない。
凪が「投げられるのは受け身が取れるけど、棒で叩かれるのは避けようがないからね」と顔色も変えずに話していたけど、棒で殴るなんてのは指導の域を逸脱し過ぎている。
角材を持った律耶が鬼のような形相で追いかけてきたら流石の柔道部でも逃げ出したくなるだろう。
体罰なんてとうに絶滅した過去の遺物で、今この時代には存在しないものだと思っていた。
厳しいのは仕方ないけれど物には限度というものがある……といつか本人に言ってやりたいと思ってはいるものの勇気が出せないのは漣人だけではない。
他の後輩も律耶を怖がっているので、律耶のレッスンを受けたい学生以外は恐怖の大王と接点を持たないようにしていた。
しかし凪と親しい漣人はどうしても律耶と顔を合わせる機会が多くなってしまう。
律耶は漣人に事あるごとに意地悪を仕掛けてくるので、その度に凪が庇ってくれていた。
直接ピアノを習っているわけではないので、角材で叩かれたりなんてことはないけど、凪との練習中に入ってきて言いたいことをズケズケ言われるのも地味にこたえる。
(何で凪先輩とこうも違うんだろう……)
あの怖い先輩さえ居なければピアノサークルはもっと平穏なのに。
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