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鬼軍曹のおうち-5
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「もう1回」
「も……もう無理です~」
カタッ。
(ヒッ)
反射的に隣へ向いた視線は椅子から立ち上がる律耶の姿を捉えた。
律耶はコキコキっと首を鳴らすと元通りに腰を落ち着けた。
「何か聞こえたかな」
「い……いえっ、何も」
「そうか。じゃあ続きを始めるか」
レッスンに入ってからの律耶は文字どおり『鬼』だった。優しいレッスンなんて幻想だった。
普通にしてても恐ろしいのに、練習中の鬼レベルは地獄の閻魔も裸足で逃げ出すほど。
「課題曲から弾いてみろ」
そう言って律耶は課題曲の楽譜を手に取るとすぐ隣の椅子に腰を下ろしてしまった。
(楽譜とられた……)
凪との練習ではピアノの譜面台に立てた楽譜を二人で見ながら教えて貰っていた。
暗譜がまだ完全ではないのに、頼みの綱の楽譜は律耶の手の中。
(これって先生用にもう一部用意して来なきゃいけなかったのかな?)
「どうした? 早く弾かないか」
「……はい」
楽譜返してとは言い出せず、とりあえず椅子の高さを直す素振りをしながら律耶の手元をチラ見して、自信のないところだけ頭に押し込んだ。
(もうどうにでもなれ)
こうなれば開き直って一か八かでやるしかない。
(あれ何だろ?)
左手を鍵盤に載せて弾き始めようとしたところで、用途の分からない不審物が目に入ってしまった。
恐怖の大王様である律耶は単体でも十二分に禍々しい雰囲気を醸し出しているのに、その鬼軍曹さまの右手から得体の知れない細い棒が突き出ている。
鉛筆より少し細くて長い木の棒は先端に吸盤のようなものが取り付けられていた。
「おい」
「はいっ」
「オクターブ下だ」
(あっ!!)
何ということか、これではコンクールの悪夢の再来だ。
律耶になるべく近づきたくないという無意識下の回避行動がそうさせてしまったのか、1オクターブ高いところに手をスタンバイしてしまっていた。
「とっとと弾け。時間がなくなるだろ」
「はいっ」
何に使うんだろなと気になっていた棒の使い道は課題曲を弾き始めてすぐに知ることになった。
けど、知らなければよかった。
棒の用途とは漣人の手の甲を叩くためで、ほんの少しでもおかしな演奏をすると秒速で立ち上がった律耶の棒がビシッと音を立てて炸裂する。
「!」
(みんなが言ってた棒ってこれのことか)
想像していた角材よりはよっぽどマシだけど、木の棒でも十分恐ろしい。
これでも手加減してくれているのか、跡が残ったりはしないけど、音が怖い。
あと、たまに投げられる。
立つのが面倒くさくなったのか、ダーツの矢のように律耶棒が飛んできて譜面台にピタッとくっつく。
何回か弾いているうちに、くっついた律耶棒を演奏中に回収に来ることはないことに気付いた。
なので曲が終わるまでは叩かれないで済む。
だけど、弾き終わると棒を引き剥がした律耶に至近距離でミスを指摘される。
これはこれでなかなか応えるし、とにかく精神的に追い詰められる。
いつ叩かれるか、いつ棒が飛んで来るかとビクビクして漣人の神経は細く細く磨り減ってしまった。
初見演奏の練習など、ただでさえ神経を使うというのに、恐ろしい律耶に監視されていては譜読みに全く集中が出来ない。
まだ練習時間の半分しか経っていないのに一日分疲れた気分になった。
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