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雷の夜に-2
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そこには鬼とも修羅とも恐れられるあのお方が何と目に涙を溜めていらっしゃったのだから。
頬にこそ流れてはいないけれども、斜め上を見上げたその目には確かに透明な膜が張っていた。
血が通っていないとサークルの中で噂になっているあの律耶が泣くなんて自分の目が信じられなかった。
まだ、何らかの超常現象によって窓の外の雨粒がガラスを突き抜けて目の中に飛び込んだと言われた方が納得が行く。
(お腹でも痛いのかな?)
「もしかして、体調悪いですか? 大丈夫で」
「帰れ」
最後まで言い終わらないうちに不機嫌丸出しの声に先を阻まれた。
「は?」
「今日は稽古はもういい。帰れ」
(この嵐の中をまさか歩いて帰れと? それよりこの人いったい何で泣いてるの?)
頭の中が疑問符でいっぱいになってその場で立ち尽くしていると、律耶はもう一度強い口調で「聞こえなかったか、帰れ」と重ねた。
帰れと言われたってこんな大雨で傘も持っていないのだから帰りようがない。
それでも帰る素振りだけは見せた方がいいかと、ピアノの上に置いてある楽譜をまとめてカバンに仕舞った。
そうしている間にも外ではひっきりなしに稲妻が走り、雷鳴が轟いている。
(どうやって帰ろう……)
マンションの向かいにあるカフェは今日が定休日だし、徒歩圏内で他に適当な店が思いつかない。
とりあえず大きな駅まで電車に乗っていって、ドリンクバーのあるファミレスにでも入って雨宿りしようか。
夕立みたいなものだろうからそのうち雨も止むかもしれない。
「お先に失礼しま……先輩?」
ゆっくりと帰り支度をして、カバンを手に後ろを振り向いた漣人は律耶の異変に気付いた。
律耶はさっきから何もなかったかのように平静を装っていたが、雷が鳴るたびに肩がピクッと上下する。
(そうか、雷か)
金剛石の盾でも射抜いてしまいそうな強力な光を絶やさない瞳に涙を滲ませたのは雷の仕業だったのだ。
(泣くほど雷が恐いんだ)
自分と同じ血の通った生命体とは思えなかった律耶がそんな人間らしい感情を持っていたことに驚かされる。
律耶を疎んじている同級生や、スパルタな練習に泣かされている部員が今日の出来事を耳にしたら、ここぞとばかりに日頃の鬱憤張らしに打って出るに違いない。
律耶が頑なに漣人を帰らせようとするのも、その辺りを危惧してなのかもしれない。
一旦肩に掛けたカバンを再び床に下ろし律耶の隣に腰を下ろして、固く握り締めている拳にそっと手を添えた。
「大丈夫ですよ」
「余計なことするな」
手を引っ込めてそっぽを向かれる。
どうしてこの人はこんなに素直じゃないのだろう。
「俺が居るじゃないですか。恐くないですよ」
「俺が何を恐いと言った? 勝手に勘違いするな。俺には恐いものなど1つもない」
「先輩」
「恐いだと? この俺が何を恐れる? 強い、完璧、無欠だと言われて生きてきた俺に何を恐れる必要がある」
毅然とした態度で紡がれる言葉たち。堅固な塞であったそれも今は薄い御簾の如く律耶の心を透かしてしまっていた。
(この人は強いふりをするのがほんの少し上手なだけ。本当は人一倍繊細で傷付きやすい人なんだ)
「出水先輩、もういいんですよ。俺は今日のこと誰にも言ったりしません。だから我慢しないで」
がっちりと握りこまれた拳をもう一度ゆっくりと擦る。
今度は拒絶されなかった。
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