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シマジロウ温泉-1
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「ないですねー」
立て看板に沿って進んでいるのだが、さっきから同じ場所をぐるぐると回っている。
夏とはいえ、7時ともなると薄暗くなってくる。
雷の夜からひと月ほど経ったある日、律耶が結婚式でピアノ演奏を頼まれたので漣人も山間のリゾートホテルに付いて来ていた。
昼から始まって夕方には終わるので、朝早く出発して夜はバスで1時間のところにある温泉旅館を予約していた。
あの水族館の日から結局何も進展していない。
律耶は見た目に反して初心なだけだと心の底で理解ってはいても、本当に自分の事を好きなのかと疑いたくもなる。
そんな中学生のような清く正しいお付き合いをしていた2人にとってこれが初めてのお泊まりだ。
バスに乗るまでは雲ひとつない晴天だったのに山の天気は変わりやすいとはよく言ったもので、10分もしないうちに夕立に見舞われた。
山の雷は地上のものより遥かに迫力がある。
焦った律耶の手は咄嗟に降車ボタンを押してしまっていた。
「頑丈な建物に入りたくて……」
わけもわからないまま続いて降りた漣人に律耶は済まなそうな顔を向けた。
バスに雷が落ちたという話は聞いたことがないが、大の雷嫌いにとっては四方をガラス窓に囲まれた空間で雷と相見えるのは相当堪えるようだ。
ちょうど降りたところが「グランドホテル前」のバス停だったので、しばらくラウンジで休んで次のバスで行こうと軽く考えていた。
「やっぱり、ここじゃないのか?」
立て看板の行き着く先は明らかに目の前の純日本建築を指している。
「……ですよね」
なおも2人が入るのを躊躇していると、30センチほど開いた玄関の隙間から茶色い塊が飛び出してきた。
「うわっ」
突然の出来事に避けることも出来ず、茶色い塊のタックルをまともに喰らった漣人は尻餅をついてしまった。
「こら……やめ」
漣人に馬乗りになって尻尾を振っているのはずんぐりむっくりとした柴犬。
漣人が押し退けようとすると遊んで貰っていると思ったのか今度は漣人の顔をペロペロと舐め回す始末。
「先輩~助けてっ」
律耶の手を借りて漣人が立ち上がると、今度は足に巻きつかれてなかなか前へ進めない。
「こら、シマジロウ」
いきなり右足が解放されて転びそうになった漣人に頭を下げているのは着物を着た年配の女性だった。
「うちの犬がご迷惑お掛けしまして申し訳ございません。お泊まりのお客様ですか?」
「いや、麓の温泉まで行きたいのですが」
律耶が温泉宿の名前を告げると女性は気の毒そうな表情を浮かべた。
「この時間バスはもう終わってしまって、タクシーも今下りていってしまったので……」
「え?」
女性が麓のタクシー会社にも電話で聞いてくれたが、法事や何やで出払っていて何時になるかわからないという。
「あの、グランドホテルというのは」
「うちです」
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