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落書きらぶれたー
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事の始まりは、暇を持て余した11番の何気ない一言だった。
「うちの看守たち、みんな書道の段持ちなんだからさぁ。そいつらに教われば、ジューゴも字がうまくなるんじゃねえ?」
「…え。別にいいよ、そんなん。ハジメみたいに毎日報告書書いてる訳でもねぇし…使いどころねぇもん。」
誰のせいで、毎日報告書を書かなきゃならないんだと思っているんだ、此奴は。只でさえ、最近看守長からの呼び出しの回数も増えて、いつ日常的に脱獄行為が行われているかがバレてしまうのではないかと、ハラハラしているのだと云うのに(嗚呼、今日も胃が痛え)
「僕、マンガ読んでると自然と字は読めるようになってきたよー!書くのは難しいけど。何か似たような漢字いっぱいあるし、同じ読み方で違う言葉もあるんだもん。」
「そりゃあ見てるだけと、実際書くんじゃ違うだろうよ。15番以外、日本人でもねえしな。言葉や漢字なんかは、実際書いたり使ったりしねえと、覚えづらいだろうからな。」
「そっかぁ。…あ!じゃあ僕も、マンガ書こうとしたら字を覚えるかなぁ?」
楽しそうに、「悪を倒すスーパーヒーローみたいなのがいいなぁ」とはしゃぐ25番。他の奴らは、いきなりマンガなんて描けないだろー、とたしなめている様子。確かに、こいつらじゃ、精々小学生の絵日記レベルが関の山だろう。(そして絶対、途中で飽きて日記を書くのをやめて、最終日に泣きを見るタイプだ)
「……絵日記でもつけたらどうだ。字も書くし、偶にで良けりゃ、字や言葉遣いの間違いくらいなら、看守でも見れるし。」
少しの時間だろうが、夢中なことが出来れば、脱獄も減るのでは、という淡い期待を込めた提案をすると、25番が更に目を輝かせた。
「わー!ハジメちゃんと交換日記?やりたいやりたーい!」
「どっちかって言うと、赤ペ○先生じゃね?間違い直して、コメントくれるんだろ?俺はやらないぞ。」
「んじゃ俺も、そういうのパス。ニコとジューゴでやるなら、見せてくれよなー。」
「はぁ!?なんで俺までやる事になってるんだよ!」
「日記でも書いたら、字、上手くなるんじゃねーのって言ったろ?ハジメも見てくれるって言ってんだし、暇つぶしにいいじゃん。」
「わー、頑張ろうね。ジューゴくん♪」
満面の笑みで「ねっ♪」と言う25番に気圧されたのか、しぶしぶ「……仕方ねえな」と15番もうなづいたのだった。
……いや待て。俺は勤務時間外に、こいつらの赤ペ○先生する事になってしまったのか、と気付いたのは看守室に戻ってからだった。
*
『12月6日。今日は、今月、クリスマスだから、とシロちゃんがクリスマスケーキの試作品を作ってくれました。おいしかったです。クリスマスには、サンタさんが来てくれたらいいなぁ!みんなに、プレゼントを配ってほしいです。』
「ニコ、お前よく毎日日記なんて書く事あるな…」
「意外と楽しいよ?星太郎ちゃんや大和ちゃんもコメントくれるし♪」
夕飯も終わり、各々自分の寝床を用意していると、床にうつ伏せになったニコが、今日もせっせと絵日記をつけていた。あの日、どこで用意したのか俺に赤い表紙のノート、ニコに緑色の表紙のノートを渡された。その表紙には、殴り書きで『囚人番号15番』と書かれていた。……こいつ普段の字、もっと丁寧なのに。適当に用意しやがったのか?
「わーい!僕専用のノートだー!」と喜ぶニコを見ていたら、ちょっとした不満の気持ちは薄らいだ。そうか、俺専用のノートか。
ニコの日記の、昨日のページには『サンタクロースを呼ぶのは、無理かもしれないけど…主任に聞いてみるね』と星太郎からのコメントが書かれていた。…確かに、サンタクロースを刑務所に呼ぶのはどうかと思う……(でも、この刑務所、年間行事にやたらガチだからなぁ。クリスマスも何するかわかんないけど)
「ジューゴくんは、何書いてるの?見せてー!」
「俺も見たい見たい!」
「俺の?大したこと書いてないけど…」
「へぇ、意外と真面目に書いてるじゃん。」
『看守室で九と寝てたら、ハジメに殴られた。あのハゲゴリラ、すぐ殴る。』
『今日はハジメは会議でいないから、と大和に念をおされた。脱獄したら、大和が馬に乗って追いかけてきた。馬に踏まれるくらいなら殴られる方が怖くない…。』
『星太郎が、ゲーム用に作ったという人形の試作品を置いてった。とりあえずハジメの帽子を取ろうとしたら、千切れたからすぐ直してもらった。』
「なんか……」
「うん…」
目を見合わせて、複雑そうな顔をするウノとロック。そんなに不味い事を書いたつもりはないのだが、何か可笑しかったのだろうか。まさか、字が汚すぎて、読めないとか……!
「ジューゴくん、ハジメちゃんのことばっかりだねぇ!」
「…はっ!?」
「うわ、自覚なしかよ、お前~」
「言うな、ロック。つい好きな奴のことばっか考えちゃうお年頃なんだよなぁ。彼氏が仕事熱心だと、なかなかかまってもらえねえもんなぁ、ジューゴ♪」
「~~っ!! 帰る!!!!」
うしし、とからかう様に笑うウノと、そんな様子を微笑ましく眺めるロックとニコの視線に耐えきれなくなった俺は、思わず房から逃げ出した。「お前、帰るってどこ帰るんだよー!」というロックの声と、「看守の巡回時間に気をつけてねー!」というニコの声が聞こえた。
「さむ…」
12月にこんな薄着で外に出るのは失敗だったようだ。吐いた息は白く、あっという間に身体も冷えてきた。冬の空ってこんな綺麗なんだな、と空に視線を向ける。ここから見る星空は嫌いじゃないけれど、風邪を引いてしまったら、と考えるとたまったもんじゃない。
……そろそろ中に戻るか。
「別にあんなゴリラ好きじゃねえし。」
彼氏でもねえし。ウノの奴、何を勘違いしているんだか。
ちょっと背が高くて、ちょっと俺より年上で、ちょっと強くて、ちょっと…かっこいい……、いや、かっこよくない!!
「ハジメなんてかっこよくない!!」
「てめぇ、また脱獄してると思ったら、いきなり人の悪口たぁいい度胸じゃねえか。」
額に血管を浮かばせたハジメが、拳をばきばきと鳴らしながらこちらに近づいてきた。
「ストップストップ!俺、考え事してたんだよ!殴るのちょっと待ってくれ!」
「あぁ?いっちょ前に考え事だと?わざわざ脱獄して、外で考えなきゃならないような事があるのかよ。」
「…えっと、あの…ハジメ。俺にとってお前ってなんなの?」
「は?何ってなんだよ。」
怪訝そうな顔を向けられる。これ、面倒くさい時に見せる顔だ。
「さっき、ウノが…」
『好きな奴のことばっか考えちゃうお年頃なんだよなぁ』
いや、言えない。もしかしたら、俺がこいつに好意を寄せていると周りに思われてるなんて、絶対言えない。ましてや、彼氏なんて言われたなんてこと言ったら、恐らくウノもどやされるどころじゃすまないはずだ。
「…なんでもない。」
「っだよ、意味わかんねえな。看守と囚人だろ。」
「うん。そう、そうだよな。」
ハジメが俺を追ってくるのは、それが仕事だからだ。俺が迷った時に、無理矢理でも俺を立ち上がらせてくれるのも、自分の舎房の囚人だからだ。
だからきっと、俺が好意を寄せたところで。こいつを想ったところで。何も良いことなんてありっこないんだ。
「わり。13房、戻るわ。」
「やけに素直だな、悪巧みなら容赦しねえぞ。」
結局、ハジメは舎房の前まで着いてきて
「とっとと寝ろ、クソガキ。」
バタン、と扉を閉じた後にガチャリ、と鍵をしめる音。時計を見たら、時計は0時を回ろうとしていた。ニコやロックは既にぐっすりで、ウノだけが起きていた(布団にくるまってはいたけれど)
*
「おかえりー。なかなか帰ってこねえから、からかい過ぎたかと思ったわ。わり。」
「……別にいい」
「いや、お前にそんな顔させるつもりなかったからさ。ごめんな。」
ハジメに連れられて、帰ってきたジューゴはどこか淋しげな表情をしていた。“ 彼氏 ”って言ったのは、冗談だけれど、ジューゴがハジメに好意を寄せている、という事だけは確信していた。日記なんか書くずっと前から。元々、人の癖を覚えるのは得意だったけれど、なかなか掴めないのがジューゴだった。そんなジューゴの視線の先や、言葉を追っているうちに気付いたのが、ただの信頼を超えたような感情を、ジューゴがハジメに対して抱いているのではないかということだった。
「そんな顔、って俺、いつもと違う顔してんの?」
「んー、ハジメと何かあったのかなー、って感じる顔してるかもな。」
「そっか。別に何もないんだけど、な。」
「そう?それならいいんだけどさ。お前、また外出てたんだろ?風邪引く前に布団入れよ。俺も寝るし。おやすみ。」
「ああ、おやすみ…」
こいつはまた、俺たちの見えないところで1人で傷ついてきたのだろう、と思うと軽口でからかってしまったことを悔やんだ。これでも、心配してるんだけどなぁ。
*
「お兄ちゃんたら、家に帰ってきても仕事?もーう、身体壊しちゃうよ!」
「うるせえ、月末近くにやらなきゃなんねぇこと出来たんだよ。それまでに出来るだけの仕事は片付けておかないと…。」
お兄ちゃんの社畜~と風呂上りの仁志が、髪を乾かしながら俺の横を通り過ぎていった。月末…否、正確にはクリスマス。星太郎から『25番くんが、サンタクロースを呼びたいって言ってるんですけど…。やっぱり難しいですよね。』という話を聞いたからだ。最初は、そんな子供騙しの行事を何で囚人相手にやってやらなきゃならないのだ、と思った。しかしよくよく話を聞いていると『15番くん、クリスマスとかやった事無いって言ってたみたいで。25番くんから、内緒で喜ばせたいから看守にも協力してほしいって頼まれたんですよね…15番くん、最近暗い顔してる事多いし、僕も周りに迷惑をかけないならいいんじゃないかって返事しちゃって…。』との報告があった。
確かに、以前ほど騒がしいことはなくなった。先日、脱獄していた時もおかしな質問をしてきた。「俺にとって、お前ってなんなの」とあいつは言っていた。看守と囚人以外に何がある?引っかかったのは、あいつの聞き方があいつにとっての俺、という点だった。そんなの、自分の気持ちじゃねえか。いつも散々ゴリラだのハゲだの言っているくせに、自分にとっての“ 俺 ”がなんなのか、なんて聞かれる意味がわからなかった。
「面倒くせぇ…」
何で休みの時にまで、あんなクソガキ共のことを考えなきゃなんねーんだっつうの。
*
『12月23日。明日は、クリスマスイブ!楽しみだなぁ!いい子にしてたら、冬〇ミとか行けないかなぁ!みんなにも、良い夜になるといいなぁ♪』
「ニコは相変わらずだなー。冬〇ミってなんだ?」
「えっとね、オタク達の戦場だよ♡行ってみたいんだ~」
飽きることなく、楽しそうに看守たちとの交換日記(語弊)を続けているニコに対して。内容のことを指摘されてから、看守たちにもなんとなく見せづらくなってしまった俺は、一切提出をしなくなっていた。と、言っても元々強制されている課題でもないし、ウノの思いつき、俺らの暇つぶしで始めたものだ。誰も咎めるものはいなかった。
(……すっかり愚痴ノートになってしまった)
誰にも見せないこと前提で、皆が寝静まった頃を見計らって、愚痴だったり、わからないことだったりを書くノートになってしまっていた。…これはこれで見られたくないかも。
それに。
(最近脱獄しても、ハジメ追ってこねえな。年末だから忙しい、とは聞いたけど…)
巡回に来るのも、星太郎や大和、他の看守ばかりだった。ブチ切れられたり、殴られたりすることがないから平和っちゃ平和なんだけど。毎日のように響いていた怒号がここ1週間ほど聞こえないってだけなんだけど。何となく。少し、物足りなく感じてしまっている自分がいた。
(これは、欲なのだろうか。)
「もうすぐ消灯だぞー。寝れねぇってやつはぶん殴ってでも寝かしつけてやる…」
「あれ?ハジメちゃん、久しぶりだねー!」
「本当だ。仕事人間は、年末も大変そうだなぁ。」
「飯くってるか?」
「お前らが、日頃何も問題を起こさないでくれりゃ、俺はこんなに忙しくしてねぇんだよ…!」
はぁー、と聞こえてくる深いため息。久しぶりに聞いた声に、思わず反応出来ずにいると、
「25番、お前まだ日記つけてたのか。意外と続くもんだな。」
「えっへへ~♪毎日楽しいからねっ」
「監獄生活が楽しいっつうのもどうかと思うが…15番は?」
「へ?俺?」
「星太郎が、最近25番しか提出しないって言ってたが…まあお前飽きっぽそうだしな。」
「……」
そう言われて返す言葉もないし、こいつらは俺が未だにノートを使ってることも知らない。
「前に、星太郎にちらっと聞いたが、俺のこと書いてたんだって?どうせハゲだのゴリラだの書いてんだろ。」
「だ、誰がそんなこと…!」
「悪口書いて憂さ晴らしなんかしてんなよ。」
確かにハゲゴリラと書いた記憶はあるけれど。こいつからしたら、俺がハジメの事を書く=悪口っていう認識なのかと思うと、少しばかり哀しくなった。……どうせ素直に好意を表すなんて出来ねえよ。
「絶ッッ対、ハジメには見せてなんかやんねー。」
「あ?」
「別に、もう使ってもねえし。……とっくに捨てたっつの。俺もう寝る。おやすみ!!!!」
「え、ジューゴ、もう寝るのかよ!まだ21時…」
布団を頭まで被ると、何だか涙が出そうになってきた。最近、涙脆くなってしまって、本当に困ったものだ。
ノートは、朝イチに焼却炉にでも突っ込んでこよう。ほんの些細な事なのに、ネガティヴな思考がぐるぐると頭を巡る自分が、嫌になる。ああ、どうせなら捨てる前に、思いの丈全部書いてやろう。そんで、この暗い気持ちごと全部消してしまえれば。また何事も無かったようにバカになればいいんだろう。
(良い夜なんて。きっと俺には来ないよ、ニコ)
*
「主任、いよいよクリスマスイブですね!明日までが納期の書類、全部片付けたって副主任から聞きましたよ!お疲れ様です!」
「あぁ…おかげで殆ど寝てねえけどな……」
仕事が片付いたのは、既に夜が明けた頃だった。シャワーを浴びて、少しばかりの仮眠を取ったら、すぐに出勤時間が来た。ちっとも寝た気がしねぇ。
はぁ、と溜息をつく。今日も、問題なく1日が終わってくれるといいのだが、只でさえ世間はクリスマスイブ。囚人たちも浮かれて、馬鹿なことをやりかねない。……考えたくはないが、特に13房。
星太郎から、クリスマスの話を聞いた時。こいつらに全部任せようものなら、絶対に問題を起こすに違いない、と感じた。だから先手を打って、自分も関わることで、少しでも監視の目を強めてやろうと思ったのだ。
(星太郎は、主任も15番くんのために、とか言って喜んでたけどな。俺が協力するのは、あくまで仕事だからだっての…)
「あ、そういえば、主任が出勤したら舎房まで来てくれって11番くんが言ってました!」
「は?11番?朝から、なんだよ…」
まあ最近、様子のおかしかった15番のこともあるし。昨夜も、何やら怒らせてしまったようだし(何でそんな事、気にしなきゃならねえんだ…)
「ハジメ、お前この前の夜、ジューゴに何か言ったろ」
舎房について早々に、こちらを睨みつけてくる11番と、その様子を、なんとも言えない表情で見ている69番。25番は定期検診、15番は視力検査に行っているようだった。
「何かって何だよ。何か言ったつうなら、どっちかと言うとあいつの方だろ。」
『俺にとってお前ってなんなの』と、確かに15番は言っていた。『看守と囚人』だ、と俺は答えた。間違っちゃねえだろうが。
「…今日、あいつ視力検査あるの忘れてたみたいで、朝飯も早々にちょっと出てくる、とか言ってたんだけどさ。やっぱり、昨日の夜も含めて、最近様子おかしかったんだよ。…俺、あいつが未だに日記帳をたまに開いては使ってるのも知ってたんだけど…。あいつの用ってのが、それを捨てることだったみたいで。大和が迎えに来た時に『捨てに行けない…』って言って置いてったんだよ。」
「……それがどうした?」
様子がおかしかったのは、こちらも判っていた。あの、まるで自分を持たない餓鬼が、少しずつでも感情を表すようになっていたことも。
「…勝手に悪いけど、いつまでもあいつが傷ついてんの嫌なんだよ、」
バサッと俺の前に、15番の使っていたノートが放り投げられる。俺が見たことある頁以降も、使った形跡もあり、最後の頁は何かを書いた上を、真っ黒に塗りつぶされていた。
『忙しいって聞いた。いつまで来ねえんだろう』
『わかってたけど、いざ言われると割とショックかも。傷つく立場じゃないのに。』
『俺が、どう思っても、聞いてもらえなきゃ、意味無い。』
『嫌われたのだろうか』
『好きかも、なんて死んでも言えない』
「……は?」
ちゃんと読み取れたのは、これくらい。頁の至るところに「わかんない」だとか「無理」だとかも書いてあって。最後の真っ黒な頁。明るい処で光に翳して、見えたのは
『 ハジメ、嫌いになんないで 』
「わかったかよ。あいつの日記帳は、ただの日記帳なんかじゃなかったんだよ。もう、こんなのラブレターじゃねえか…」
「おい、ウノ!」
そう言った11番の身体は少し震えていて、今にも俺に殴りかかって来そうなところを、69番が制止していた。
「これだけ見て、ハジメがあいつの言葉が悪ふざけって言うんだったら、俺は誰がなんと言おうと、ハジメのこと許さねえからな」
「…は、ただの囚人の餓鬼が。看守の俺を許さないだと?何言ってやがる。」
ああ、でも
「判った、だが礼は言わねえぞ。」
11番の頭を一度ぐしゃり、と撫でると舎房を出る。ふざけんなー!と怒鳴る声が響く。うるせえったらありゃあしねぇ。…11番が、これだけ15番の事を考えていることを、本人は気付いているのだろうか。いや、気付いてっこねえだろうな、あいつ馬鹿だし。
「あれ?ハジメちゃんだー!」
「おや、ハジメ。あんた何の用だい?こいつらの診察ならまだ…」
「15番の回収に来ました。一寸、こちらの都合で申し訳ないが、視力検査、別日程にうつしてもらえねえか?」
医務室に向かうと、診察を受けている25番と翁先生にむかえられた。15番はどうやら、奥で飾先生とアンドロイドの元にとっつかまっているらしい(視力検査嫌がるからなぁ、あいつ)
「15番、迎えが来たよ。」
「は?げっ、ハジメ…」
「げっ、とは何だ。てめぇに話がある。ツラ貸せ。」
「まるで看守の台詞じゃねえなぁ。」
くっくっと夫妻の笑う声が聞こえた。
*
どうにか視力検査から抜け出せないかと、試行錯誤を繰り返していたその時。扉の方から聞こえてきたのはハジメの声だった。昨日の今日で、顔が合わせ辛い。観念して、視力検査を受けようかと、ため息をつくと
「15番、迎えが来たよ。」
どうやら、ハジメは俺を回収しに来たらしい。
「……」
無言のまま、手を引かれ、医務室から連れ出される。今日は脱獄もしていないし、こいつに迷惑をかけるようなことはしていなかったはずだ。
「……ハジメ、視力検査ほっぽり出させるほどの用事ってなんだよ。」
いつもだったら、いくら嫌がっても、検査はしっかり受けろとか怒鳴るくせに。質問しても返事のないハジメ。俺に一体どうしろっていうんだ?
「言わなきゃ、わかんね…」
「15番、お前、俺なんかの何処がいいんだ?」
「は、はァ!?お前いきなり何言って…!」
真面目な顔をして、そんな質問をされるとは思っていなかったものだから、どんな返事を返したらいいのかもわからなくて。そんな様子の俺を見て、面白くなったのか、ハジメが、壁際にじりじりと距離を詰めてきた。
「聞いてもらえなきゃ意味無い、んだろ?今なら聞いてやるから、とっとと言えよ。」
「っ!!てめぇ、もしかして俺の日記…!!勝手に見てんじゃねえよ!!」
「囚人と看守の間に、プライバシーがあると思ってんじゃねえぞ。ノートも立派な俺の管理下のものだっつうの。それに、お前のアレ、日記でもなんでもねえだろ。好き勝手書きやがって。」
全部読まれたのか?最後の頁も?いや、でもあそこの頁は真っ黒に塗りつぶしてるはず!
「俺がいつてめぇのこと『嫌い』つったよ。」
「……言って、ない。」
「勝手に1人で想像して、重くなってんじゃねえよ、本当に面倒くせえ餓鬼だな!」
「……じ、じゃあ!ハジメは俺のことどう思ってんだよ!俺は、その、えっと、ノートに書いてたような感じなんだけど…」
「なに曖昧にぼかしてんだよ。ちゃんと言えよ、ちゃんと」
オラ、と凄まれて、視線をがっつりあわされる。後ろは壁、目の前にはハジメ。…確かこれ、ウノが壁ドンって言っていたものだったと思う。
「……好き、で…す?」
「…そうかよ」
俺が返事をするやいなや、後ろを向いてしまった。人に好きだ、と言わせておきながら、この反応はあんまりではないか?
「っんだよ!その反応!!こっちはいきなり呼び出されるわ、日記は勝手に読まれてるわ、目の前にハジメだわで、頭がこんがらがってんだよ!!」
「うるせえな、俺だって瞬時に対処しきれねえことくらいあんだよ。一寸黙って待ってろ、落ち着かせるから。」
よく見ると、ハジメの耳が今まで見たことないくらい紅く染まっていた。もしかして、照れてる?
「お?なぁなぁ、ハジメ、もしかして照れてんの?」
「照れてねえよ、誰がてめぇみたいな餓鬼にちょっと告られた程度で照れるか!」
「耳、真っ赤ですけど?」
「お前も今にも涙こぼれそうな癖に、ニヤニヤしやがって。笑うのか泣くのかハッキリしろ!」
パシッと小さく音を立てるほどの強さで頭を叩かれた後、乱暴に、顔に袖口を押し付けられて、ぐしぐしと涙を拭われた。
「乱暴すぎんだろ」
「んじゃ、とっとと泣きやめ。」
「ははっ」
久しぶりに、嬉しくて流れた涙だった。
*
「ところでハジメ、返事は?」
「てめぇが、無事刑期を終えたら考えてやるよ」
「え、それまではなんでもない関係続行?」
「だから何度も言ってんだろ、『看守と囚人』だって。」
関係が代わるのは、いつのことやら。
でも、今はまだ。
「この関係も悪くはねえかな。」
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