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冴島のマンションに着く頃には、悪態を吐くのも疲れたのか大人しく腕を引かれて着いて来るようになった。エレベーターで部屋のある階まで上がっている時には、「ずいぶんいいマンションに住んでるんだな」と興味を示してすらいた。
実際、冴島は自分が身分不相応なマンションに住んでいる事を自覚している。何故ならこのマンションは親の持ち物だからだ。家賃も光熱費も自分では払っていないし、部屋はこのマンションで一番いい部屋を与えられている。
親に一人暮らしをしたいと話した時、このマンションに住むなら良いと条件付きの許可を得た。元よりそれは自分の日頃の行いのせいである事は分かっていたので文句は言えない。それに、一人暮らしさえ出来ればよかったので、むしろ願ったり叶ったりだった。
だが、今更になってその状況を恥ずかしいと思い始め、それを金塚には言えなかった。
部屋の前まで来て扉の鍵を解除するのに、タッチパネルで暗証番号を入力する。マンションのエントランスでも同様の事をしているので、金塚の関心を得はしなかったが、エントランスの時には「ドラマでしか見たことがない」と冴島の手元を食い気味に見ていた。
扉をあけて「どうぞ」と中に進めると、来る事を嫌がっていたのが嘘のように喜んで中に入っていく。
「すごい良い部屋だな。日当たりもこの向きなら良さそうだし、広さも一人暮らしの男には勿体ないくらいだな。家賃は高いだろ?おまえこんな所によく住めてるな。」
「まぁ…そんなでもないですけど」
「嘘つけ。俺だってこんなマンションの相場くらい大体はわかってる。それにこのソファーとか、ラグとか一級品じゃないか。こっちのカウチソファーなんて俺が広告を作ったやつだ。」
目利きの良い人間を連れて来ると、全てを暴かれているようで肝が冷える。好きで選んだのは冴島だが、これも金の出所は自分じゃない。一人暮らしをする際に親に買ってもらったのだ。だから、カウチソファーが金塚が広告作りをしたものだとは知らなかった。思いがけずも身近なところで、随分と前から金塚と縁があったのかと思うと妙に嬉しい。それもこの部屋の中でそのカウチソファーが一番お気に入りの家具であり、お気に入りの空間だからだ。金塚が作ったわけではないが、広告依頼を受けたという事は、金塚もこの商品を良いと思ったのだという事で、もっとこのカウチソファーが好きになった。
「俺好きなんすよね、このソファー。」
「いいよな。ソファーとかはデザインが良いと使い勝手が悪いことがよくあるんだが、これは使用感も凄くいい。俺もこれのグリーンを持ってる。」
「マジっすか。俺も本当はグリーンが良かったんですけど、もう完売しちゃってて。」
「ソファーにしてはあんまり選ばれない色だけど、グリーンが一番デザイン映えがするからな。」
「いいなぁ。今度見せてくださいよ。」
「いいけど、見てもデザインも使い勝手も同じだぞ?」
「金塚さんが広告したなら勉強にもなるんで。」
「ふぅん…まぁ、今度な。」
何気なく金塚の家に行く約束を取り付けた冴島は、内心でガッツポーズをする。
そんな心中を知らず、金塚は部屋の隅々に目を配り、何につけ興味を示していた。これも一種の職業病だろう。良いものや目新しいものに興味を引かれ、それが何で作られているのか、構造はどうなっているのか、そういった細部が気になってしまうのだ。
満足するまで見回った金塚がソファーに落ち着いた頃に、冴島が温かいお茶をテーブルに運んだ。
「ありがとう」
素直にそれを受け取る言葉に、冴島は瞠目する。この人の口からそんな言葉が出て来るとは思っていなかった。
「…いえ。あ、もうそろそろ肩見せてください」
「あぁ」
夢中になりすぎて本来の目的を忘れていたらしい金塚は、言われるがままに上着を脱いでスーツのジャケットも脱ぎ去る。ネクタイを外してワイシャツのボタンに手を掛けたところで、冴島は何か妙な気分になって来た。
まじまじと見ている必要もなかったのに、その動作を見続けていたせいか、ある意味ではAVを見ている様な気持ちでもあり、リアルに女性を抱く時の前振りにも似た情景でもあった。女性を抱くなら冴島は自分で服を脱がせたいタイプだが、あえて恥じらいながら脱いで行く女を見るのも好きだ。
金塚にそれに似た恥じらいがあるわけではない。そういう意味ではつまらない程にあっさりと肌を見せようとしているのに、冴島にはその情景すらも魅惑的に映っていた。
無意識に喉仏が音を立てて上下する。
それでも内に湧き上がる衝動に気付かないフリをした。
シャツの前ボタンを全て開けた状態で、右肩だけを寛げる。そこには白くきめ細やかな肌に、赤い痣が出来ていた。
「あのおっさん、どんだけ強い力で掴んだんだよ」
つい舌打ちを漏らして憤る冴島を他所に、当人は「すげぇな」と感心していた。
「上着も着てたのによくこんな跡がつきますね。」
「酔ってたし、かなり怒ってたからな。手加減とかそんな事は頭にないんだろ。」
「湿布貼っときましょ。」
そう言って冴島は奥の寝室から救急箱を持ってきた。これが役に立つ日が来るとは思ってもいなかったが、持っていて良かったと心底思った。
「冷たいけど我慢して下さいね」
患部にそっと貼付すると、金塚の肩がピクリと震えた。
「背中は大丈夫ですか?結構強く押さえつけられてたでしょ。」
「あぁ、そっちは平気。」
「一応見せて下さい。」
「なんで」
「その点においては信用してないので」
冴島は当然の如く言うと、金塚はさして抵抗は見せないものの、信用がないと言われた事については少し頭に来たので舌打ちを漏らしていた。
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