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昼過ぎになっていつも通りの時間に出勤してきた金塚は、いつもと違っていかにも機嫌が悪そうだった。
それをいち早く察していたのは鳴瀬で、周りの人らが触らぬ神になんとらやな空気を出している中、出勤したばかりの金塚を早々に連れ出した。
鳴瀬は金塚を引き連れて使われていない会議室へ向かい、先に金塚を中へと押しやると、後から入室した鳴瀬が扉を閉めて鍵を掛けた。
「おはよ」
「ん、おはよ。んで何?」
「自分でも分かってるだろ?なんで出社早々にそんな不機嫌なんだ。」
その鳴瀬の問いに金塚は答えようとしない。目線も合わせず、関係のない方を見ている。
「何が原因か分からないけど、あんまり変な空気は出すなよ。おまえが不機嫌だと、周りも気を使うんだから。」
鳴瀬の言い分が引っかかり、金塚はそらしていた視線を鳴瀬に合わせた。
「…気を使うってなんで。俺が不機嫌だったところで仕事に支障は出さないし、出した事もないだろ。」
「それは、そうだけど。おまえはここのエースだし。」
「なんだそれ。…違うだろ。俺が不機嫌だったりいつもと違うと3年前の事を思い出すからだろ。」
「……」
「確かに俺には死のうとした前科があるし、そういう意味では知ってる人もいる以上心配させるだろうけど、今回の事にそれは関係ないし、そこまで心配してくれなくてももう死のうとなんかしない。」
「3年前の事だけなら俺もそこまで心配しなかったかもしれないけど、また同じ事があったじゃないか。」
「…おまえと冴島しか知らない話だ。それに、思ってた程前よりは辛くなかった。」
行為そのものは辛いなんてものじゃない。苦しいし、気持ちが悪いし、言葉一つで表すには難しい感情がたくさんあった。けど、それまでお互い好きでもなかった人が、金塚の支えになりたいと言ってきた。それは金塚に対する哀れみかも知れないけど、あれだけしつこく自分の責任だと言い募るのに、哀れみだけではないのじゃないかと思える。同情だけならそんなものはいらない。だけど、冴島はきっとそうじゃない。
あれだけ真面目に、真っ直ぐに生きてる人間が、嫌いなやつのために支えになろうなんてあるはずがない。それだけの心の変化が冴島にはあって、だから金塚もその気持ちを信じられる気がした。
「だったらなんで不機嫌なんだ。」
また同じ事を聞いてくる鳴瀬からまた視線を逸らした。それはあからさまな拒絶だ。
「鳴瀬には関係ないから。」
そう言ってこれ以上言うことはないと、会議室を出て行こうとする金塚が、扉に手を掛けた時、不意に立ち止まった。
「…冴島は来てるよな?」
「あ、あぁ。おまえから引き継いだ仕事やってたけど、それが?」
「ふぅん、なら、いい」
何故か余計に不機嫌になった金塚を見て、鳴瀬はなんとなく気付いてしまった。
「…不機嫌な理由、冴島なのか?」
「……」
「昨日、泊まったんだろ?」
「…聞いたんだ」
「その時何か…」
「おまえには関係ない」
その言葉だけを残して、金塚は鍵を開けて会議室を出て行った。
鳴瀬は扉が閉まるのをただ見つめて、居なくなった姿をそこに見るようにじっと動かない。
金塚からの明確な拒絶。
それがどうしてこんなに腹が立つのか、鳴瀬には分からなかった。
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