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水族館や動物園、美術館、博物館、歴史資料館など、学生時代からそういう場所に行く事が好きで、一度行くと何時間でも見ていられた。特に歴史を感じるものはその成り立ちや、進化の過程を見るのが好きで、同じものが時を流れて少しずつ研ぎ澄まされて行くのは見ていて感動を覚えた。
しかし最近は仕事の忙しさと本来の出不精が祟って、すっかりと行かなくなってしまっていて、水族館に来たのはもう7、8年振りだ。この水族館自体は来るのが初めてで、金塚は内心でワクワクと期待に胸を躍らせていた。
チケットを片手に入り口のゲートを通って行くと、受付係から「いつもありがとうございます」と言われた。初めてなのにどういう事だ?と思って困惑していると、金塚が見せたチケットはお得意様や常連の方でも限られた人にしか配っていないものだと言う。しかも、その半券を水族館内の土産屋や、レストランで提示すると半額で購入出来たり、場合によっては無料のものもあるらしい。冴島の頂き物とはいえ、随分と良いものを貰ってしまった。それに、えらく気前のいい話に驚いた。
チケットの半券をポケットに入れてゲートを潜り抜けると、早速ペンギンのエリアがあった。プールを優雅に泳いでいたり、岩の日当たりが良い場所で気持ち良さそうに微睡んでいたり。ぽてぽてと音が鳴りそうな歩き方に、つい微笑を浮かべてしまう。
金塚ものんびりと歩きながら、順路を辿るように次のエリアに移ると、アシカやトドのいるエリアになった。ちょうど飼育員さんが餌の魚をあげているところで、投げた魚を上手くキャッチして食べているのを見て観客たちが湧いている。
父親に肩車をされて、手を叩いて喜ぶ小さな男の子を見て、日曜日だから家族連れが多いという事に気付く。
自分も小さい頃に家族で水族館に行った事を思い出す。金塚は小学5年生になったばかりの頃だった。仕事人間で夏休みやお盆、年末年始も家族とどこかへ出かける事がなかった父親が、急に「水族館に行こう」と言い出したのだ。母親は「そんな急に…」と少し呆れていたが、妹は凄く喜んだ。
その数ヶ月後には離婚する事になって、妹は母親が引き取った。金塚は父親に引き取られたが、仕事人間だった父親がそんな事で子どもに熱心になるわけもなく、結局父方の祖父母のところに預けられ、そこで育ててもらったようなものだった。
けれど、父親に何の恨みもなく、祖父母にも良くしてもらったので不満があった事はない。母親に引き取られた妹とも長い休みがあれば会いに行っていたし、その時はそちらの家に泊まる事もあったので母親ともそれなりに良好な関係を保っていた。
遊びに行くと母親は決まって「引き取ってあげられなくてごめんね」と言った。本当は皆引き取ってあげたかったけれど、自分の稼ぎでは妹だけでもいっぱいいっぱいだったのだと、それは小学生だった金塚でも母親達の生活を見ればなんとなく分かっていた。妹と離れる事は確かに寂しい事ではあったが、それはわがままを言ってどうにかなる事でもないと分かっていた。だからそれに対しても不満があった事はない。
あの水族館が家族で出かけた最初で最後の遊びで、最初で最後だからこそ、父親は急に水族館に行こうと言ったのだろう。きっとその時にはすでに離婚する事は決まっていたのだ。最後に家族としての思い出を作ろうとしてくれた。そう思えば、離婚の原因が父親の家族を顧みない姿勢だったとしても、父親を責めたりは出来なかった。きっと、仕事をする事が家族を守る事だと思ってたに違いない。父親とは、そういう人物だった。
久しぶりにそんな事を思い出して、母親にしばらく会っていない事も思い出した。祖父母は金塚が高校生の時に立て続けに亡くなって、父親は海外に転勤になってからもうずっと会っていない。唯一、妹だけはたまに連絡を寄越すので、ちゃんと一人でご飯を食べているのか?というお小言と共に、互いの近況を分かり合えている。
母親や父親に会えない事が今でも淋しいかと言われると、会わないことが当たり前の人達なのでそんな事はない。自分もそこそこいい大人でもある。けど、会いたいなとは思う。会いたい気持ちと淋しさは決してイコールではない。だったら、淋しさはどこから来るものなのか。
金塚は不意に考えるのをやめた。
それは金塚の意思とは関係なく、強制的に現実へと引き戻されたからだ。
「金塚さん」
そう呼ぶ声は_…
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