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結局、水族館を満喫できずに帰って来てしまった。
冴島が水族館で何かを食べようと言っていたが、何が食べたかったのか、それも分からずじまいだ。
リビングのキッチンテーブルに座り、額をテーブルに押し付けた。ひんやりと冷たかったのはほんの一瞬だけだ。
「…腹減った」
そう呟いてみたところで、満たされるものは何もない。
「ばーか…冴島のばーか…もう二度とうちになんて入れてやんないからな…」
虚しい呟きがテーブルに反響して耳に触れる。
なんと無意味な事か。
勢いよく体を起こして立ち上がり、テーブルに置いた鍵を取って玄関に向かった。一人で愚痴をこぼしといたって何にもならないし、腹も満たされない。どうせ冷蔵庫には冴島が買い揃えた食材がたくさん入っているんだろうが、それを調理する技術なんかありはしない。
明日職場にでも全部持って行ってやろうか。
そう決意して、ご飯を買いに行くために玄関の扉を開けた。
「…っ!び…っくりした…え…なん…」
扉を開けた先には冴島が立っていたのだ。片手には水族館で買ったのか、随分と大きなイルカのぬいぐるみのしっぽが買い物袋からはみ出ていた。
「…なに、してんだ」
動揺を押し隠して言うが、あまり隠しきれてもいない気がする。
「お土産…」
「…は」
同じ場所にいた人間にお土産とは、何のことだ。
お土産の概念とはなんだったか。
しかもそれが、抱き枕サイズのイルカのぬいぐるみとは…
俺は子どもか?
「…ふはっ…」
思わず笑いが溢れた。
「金塚さん」
「まぁとりあえず中に入れ」
金塚は扉を開いて冴島を中に招く。
つい先程、二度と入れてやらないと言ったことなど、すっかり忘れていた。
気まずい雰囲気は漂ったまま、なんとなくいつもの流れでリビングのソファーに並んで腰を下ろした。少し違うのは、二人の間に一人分の空間があるだけだ。
「…んで、それは俺への土産ですか。」
ソファーの横から見えるイルカの尻尾を一瞥する。
「…いらないですか」
目も合わせずに、自分の膝に置いた手を見つめながら冴島が呟いた。
その言い方はずるくないだろうか。
金塚は返答に困った。いらないとは言えない。だが、もらうと言う事は冴島の思惑通りな気がする。
思惑と言ったって、何を考えているのかは分からないが。
「あげる相手は俺じゃないんじゃないの?」
そもそもこんなイルカのぬいぐるみは俺には似合わないな。
そう思った。
「他にあげたい人なんかいませんよ」
その言葉の信憑性があまりにもなくて、笑ってしまった。
「一緒にいた綺麗な女の子にあげればいいじゃないか。こういうのは女の子の方が喜ぶだろう。」
「あいつは別にそういうのじゃないんで…」
「そういうのじゃないって?」
「あいつはただの幼馴染です。プレゼントとかそういうのを渡すような関係じゃない。」
「でも水族館には行くんだろ?」
「そりゃ…幼馴染と水族館くらい行くじゃないですか。」
そう言われて考えてみたが、金塚の中にはその発想がなかった。何故なら金塚に幼馴染という存在がいないからだ。それに、同性ならまだ頷くが、異性で二人っきりとなれば一般論としても頷きにくいのではないかと思う。恋人なのだろうかと疑わない方が珍しいように思う。冴島の言う事が本当だったとして、そんな人はいないとも思わないのだが、理解はあっても同調は出来ない。
「仮におまえの言う事が本当だったとして…」
「本当ですよ」
「……だとして、だったら余計にそれは受け取れない。貰う権利が俺にはないよ。」
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