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自分の手を見ていた冴島が、急に顔を上げて「どうしてですか」と言った。まるで受け取ってもらえない事が、信じられないと言った風だ。その図々しさはどこから来るのかと、呆れを通り越して感心を覚える。
「おまえが言うその幼馴染の子は、それでも二人で出かけるくらいには仲がいいんだろう。それもおまえから急に誘って付き合ってくれるなんて、その子だって嫌じゃないんだろうに。そういう子に何もあげないで、俺には買ってもらったって貰う理由がないよ。」
「幼馴染なんてそんなもんですよ。確かに仲は良いかも知れないですけど、でも腐れ縁っていうか、気付いたら何かと同じになるのが多かっただけで、俺たち自身が傍に居たくて居たわけじゃないし…」
世の中ではそういうのを「運命」と言ったりするものだ。自分達の自覚しないところで縁が繋がっている。それは凄く幻想的ではないのか。
冴島にその気が全くないところが、金塚には逆に不思議に思えた。
「分からないか?おまえにとって幼馴染がその程度のものだったとして、だったら俺っておまえの何?幼馴染でも、友人でもなく…まして、恋人でもない俺がどうしてそれを貰えるんだ。俺とおまえは会社の同僚で、ただの先輩と後輩でしかないのに。」
不意に自嘲が溢れる。
本当に、そんな程度の関係でしかなかった。
その他の関係になる事を拒んだのは誰でもなく金塚自身だ。その関係を拒み続けるなら、袋の中で逆さまになっているイルカも受け取るわけにはいかない。
「…だからそれは、金塚さんさえ受け入れてくれたら…」
「不毛だ」
「え?」
「いつまで経ってもこの議論に答えなんか出ない。だから不毛だって言った。やめよう、もう。おまえは何も悪くない。おまえの気持ちを信じられない俺が悪い。」
沈黙する冴島にさらに追い打ちをかけるように言う。
「…帰ってくれ。もうここには来ちゃだめだ。」
「昨日、俺が怒って出て行ったことなら謝ります。あの時は俺もカッとなっていたから…だから」
「どうにもならない。お願いだから、もう来ないでくれ。」
痛みを覚えるのは身勝手だろう。
金塚は自分が言う言葉に傷ついているが、そんな身勝手が許されるとは思っていない。つとめて平気そうに振る舞うしかなかった。
「おまえが買ってきたものはそのうちまとめて家に送るから」
「…いらないです。」
「なんで。あれはおまえが買ったものだろ。」
「そうです。俺が金塚さんの為に買ったものです。金塚さんに料理を作りたいから買った。だから、その意味を果たさないなら必要ない。…金塚さんがいらないと言うなら、捨てて下さい。」
「捨てるって…」
まだ使ってそんなに経っていないのに捨てるなんて勿体ない。けど、家に冴島の片鱗を見るような、思い出を辿るようなものは置いておきたくない。
「金塚さんはいつか誰かを好きになる事はあるんですか?」
「…そんな事は俺が知りたいよ。」
おまえが好きだよ。
そう言いたかった。
だけどどうしても言えなかった。
言えない理由はもう金塚にも分からなかった。
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