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あれからは特に何事もなく数日が過ぎた。
と、言えたら良かったのだが、冴島の不安の70%くらいが的中してしまった。
仕事帰りの電車の中で、金塚は苦虫を噛み潰したような顔をして隣に立つ男を盗み見た。
そこにはここ数日、毎日のように声を掛けてくるようになった菊田がいる。
微妙な世間話をしたりして、部屋の前に着いたら「じゃあまた」と言って別れるのだ。別に何かをしてこようとか、妙な行動が見えるわけでもなく、毎日の日課のごとく菊田は金塚を見かけるとどんな状況でも声を掛けてきた。
これはもしかして冴島の懸念が当たっているパターンなのだろうか。しかし、別に告白されたわけでも手を出されそうになったわけでもないのに、変に意識をして声を掛けないでくれなんて言えるわけがない。
それにやはりどこか、菊田にはそれらしい匂いがしないのだ。
菊田は今日も隣で「今日は仕事でちょっと失敗しちゃいまして…」なんていう話をしている。金塚はそれに「人間誰だってミスする事くらいありますよ。」と常套句のような返事を返した。
「そういえば、出張に行ってからもう1週間くらい経ちましたけど、彼の様子は大丈夫そうですか?」
「え?あ、あぁ、大丈夫なんじゃないですかね。若いですけど優秀ですから…」
「いやぁ、そうでしょうね。見ていてそんな気はします。金塚さんもあんな後輩がいてくれて助かるんじゃないですか?」
「まぁ…そうですね。それなりに…。」
「私にもそういう後輩が欲しいですよ。」
菊田はそう言いながら笑っていたが、金塚は終始微妙な感覚にあった。
ただただ世間話をするには知り合ってから時間が経ち過ぎているが、今になって話しかけてくる目的が見えるわけでもない。
一体この人は何がしたいのだろうか…
唯一救いなのは菊田が話しかけてくれるおかげで、冴島が出張に行った初日のように、電車に乗っても具合が悪くならない事くらいだ。
マンションに着いていつも通りに部屋の前で別れると、部屋に入ってからホッと息を吐く。
嫌いなわけではないが、なんだか一緒にいると疲れてしまう。
仕事の相手であれば割り切って対応出来るし、同僚や友達にはあまり気を使う必要がなくて楽だが、彼は隣人で、会っても挨拶程度の距離感だったのに、あちらだけがその間合いを詰めてこようとするのにはどうしたらいいのだろうか。隣人なだけにあまり嫌われたくはないが、かと言って無駄に気を使いたくもないのだが。
「困ったな…」
自分でも気付かないうちにそう呟いた時、背広の内ポケットにしまっていた携帯が振動した。
着信は冴島からだった。
『もしもし、金塚さん?』
「おまえ怖すぎ」
『え?なんで?』
「いつもいつも帰宅と同時に電話かけてくるところが。盗聴器か隠し撮りかなんかしてんの?」
『してるわけないじゃないですか。本当はしたいくらいですけど、許してくれないでしょ。』
「当たり前だ。そんな恋人なんて怖すぎてやだ。」
『だからやりませんて。それよりなんかありました?』
「…なんで?」
『なんか声のトーンがちょっと低いから。』
それは金塚自身でも気付かないほど些細な変化だったようだ。金塚には変えているつもりなど到底ない。
「いつものことだよ」
『あぁ…菊田さんですか』
初めて菊田に声を掛けられた日から、また同じ事がある度に冴島にはありのままを報告していた。最初こそ本当に気をつけて!と注意してきていたが、最近は冴島も菊田の行動を不思議に思い始めていた。
「なんかさぁ、俺の予想っていうか感覚で言うと、菊田さんは俺に何がしたいわけじゃないと思うんだ。」
『それはまぁ、本当にそのつもりなら俺がいない2週間以内にさっさと手を付けたいとは思うでしょうからね。』
「そうなんだよ。でもそんな気配はまるでないし、本当にただ知り合いと話して楽しんでるだけって感じなんだよね。」
『俺は金塚さんから聞いた話でしか知らないですけど、俺もちょっとなんか違うぞって思ってんですよね。まぁ、金塚さんがちゃんと本当の事を全て話してくれていれば、ですけど。』
「話してるに決まってるだろう。そんな事隠してどうするんだ。」
『実は二人で楽しんでるとか。』
「失礼だな、おまえは。大体もし俺が菊田さんに移り気でもしたんなら、おまえとはちゃんと別れてから向こうに行くわ。」
『え!嫌です!見捨てないで下さいよ!』
「見捨てないって。なんだよおまえ。めんどくさいな。…とにかく、菊田さんの事は冴島が気にするような事はないよ。」
ただ、そうじゃなくても何故このタイミングだったのかという疑問は残るわけで、気にする事はないと言った金塚でさえ、本当に大丈夫だろうかと疑心暗鬼に陥る。これはただの偶然だったと思うべきなんだろうか。その方がしっくりと来るような気はするのだ。
『でも一応気をつけて下さいよ。俺がいない間によその男に抱かれたりしたら許さないっすからね。』
「おまえねぇ…そんなに世の男は男を抱かんよ。」
『そういう人まで引っ掛けちゃうのが金塚さんじゃないですか。俺とか。』
「おまえは勝手に引っ掛かってきたんだよ。俺が引っ掛けたわけじゃない。」
『聞き捨てならない!』
「聞き捨てろ。今日はもう疲れたから切るぞ。じゃあな。」
『あ、ちょっと!』
冴島の引き止める声は無視して容赦なく通話を切った。
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