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仕事で疲れたのは電話を切る口実だけでなく、今日は本当に疲れていた。今まで会社には重役出勤、帰宅は定時でやって来ていたが、だからと言って仕事の量が少なかったわけではない。出勤前や帰宅後に家で仕事をする事は当たり前にあって、契約が途絶えた事はなく、むしろ増えていた。それを他の人に振る事もあったが、依頼をして来た会社は金塚を指名している事が多く、滅多に他の人へと振り分ける事が出来ない。仕事が溜まり過ぎて新規が受けられない場合は、断るか納期をずらしてもらう事もあるのだが、なるべく相手の希望に合わせているので自分に無理を強いる時がある。今がまさにその時で、頼まれている広告が何件かあり、どういうデザインやスタイルにするか企画段階のものを抱えている。毎日担当者と相談したり、あるいは企画の訂正に対応したりと忙しく、なかなか気を抜く時間がない。特に冴島と部長が出張に行っている間は、皆も仕事が増えているので余計に手が回らなかった。
リビングのソファーに腰掛けてようやく一息つく。目の前のテーブルには資料が無造作に積まれていて、冴島がいる時はこんな風に資料を置いたままにする事はなかったなと思った。金塚が出しっ放しにしていたものを冴島が本棚に戻す時もあるが、二人でいる時は必要な時以外は家で仕事をする事がなかった。だから、資料がこうやって引っ張り出されてはそのままにされるという事もなかったのだ。
冴島が家に来るようになるまでは、この方が当たり前の光景だったのに、今ではこの方が珍しくて違和感がある。
少しずつだが確かに、冴島の存在が金塚の生活に混ざり始めている。それを実感して、知らず識らずに口元が緩む。でもその事実は冴島には伝えてやらない。
「すぐ調子に乗りそうだな…」
その姿は簡単に想像出来てしまった。
一途な愛情を一身に飼い主に向けるワンコさながらなわけだが、いつの間にそんな男になったんだろうか。
生活の中に溶け込みつつある冴島がいないことは、寂しくないと言えば嘘になる。
でも、自分がどんどん依存していくのが怖いとも思う。冴島はきっと金塚を裏切らないし、それを疑っているわけでもない。けれど、冴島が信用出来る出来ないの問題とは別に、不安になるのは避けられない。
なぜかと言えば、冴島がもし万が一、別の人を好きになったとして、金塚はそれを引き止めるだけのものが自分にあるとは思っていない。
むしろ、他の男に抱かれた事がある人間だし、それが仕事の為に体を売ったようなものだから、それを冴島はもう気にしてないと言ったって、金塚には一生重責となってのしかかってくる。
こんな男に生涯をかけるなら、金塚以外の男でも女でもまっさらな人に人生をかけた方がいいと考える事がある。
そんな事を冴島に言おうものなら怒られるのは分かっているし、他の人には靡かないと言うんだろう事は分かっている。
分かっているけれど、そういう考えをしてしまうのは、過去は消せないものだからしょうがないのだ。
それに、今は金塚に夢中だとしても、それがこの先ずっと続く保証などどこにもない。
いつかこの罪が冴島の心にきっかけを生むかもしれないと思うと、これ以上冴島の中へ踏み込んではいけない気がする。
冴島の想いが金塚の心を少し軽くしてくれたけど、こういう過去の傷は簡単に消えるものではないし、ふとしたきっかけで蘇る事がある。
その度に金塚は冴島を遠ざけようとするだろう。
今はまだいい。
けど、いずれその愛想も尽きる時がくるんじゃないか。
金塚は一人になるとつい、そんな事を考えてしまっていた。
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