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金塚の部屋に着くと、冴島が「やっと帰って来れたぁ」と疲れた体をソファーに投げた。
冴島の中でここが「帰って来る場所」になっている事が嬉しい。
ソファーに寝転んでいる冴島を見ていたら、体を起こした冴島に手招きで呼ばれた。
それには素直に応じながら、口では嫌そうに「なんだ」と言う。
それを冴島は全く気にしていなくて、むしろそんな事さえ楽しんでいるように見えた。
ソファーに座る冴島の前に来ると、金塚の腰に手が回されて強く抱きしめられる。
見下ろしたところには冴島のつむじが見えた。
それを可愛いと思うのはなんの感情なんだろうか。
愛おしいと思うから、自然にその頭に触れようと手を伸ばした。
だが、触れる寸前で急に躊躇った。
触れてしまうと、ダメな気がした。
そんな戸惑いをまるで察しているかのように、冴島が顔を上げると金塚の顔を見て苦笑した。
「そうなのかなってちょっと思ってたんすけどね」
「…ん?何が?」
「金塚さん、拗ねてませんか?」
「拗ねる…?」
なんか、とても可愛らしい表現だ。
金塚が抱えているものは、そんな子供の駄々っ子のようなものではない。
「最初は怒ってんのかなと思ったけどなんか違くて、考えてみたんですけど、俺が帰って来てすぐに金塚さんに会いに行かなかったから、拗ねてるんじゃないんですか?」
そんな事ないと言いたいけど、それなら今、金塚がこんな態度を取る説明は出来ない。
「…そうだよ。俺は、おまえがいない間、淋しかったんだ…毎日電話をしても、傍に居なきゃ意味がなかった…おまえがいなきゃ、電車ひとつまともに乗れないし、夜だって安心して寝られないし…こんな事、2週間前は知らなかった…こんなに弱くなってるなんて思ってなかった…!」
金塚の告白に冴島は目を見張る。
「そんなに…?金塚さん、電話の時は平気そうだったから…」
「俺にだって意地はあるんだ。冴島を出張に行けと尻を叩いたのは俺なのに、行ったら行ったで淋しいとかわがままにも程があるだろ。…それに、こんな風におまえを束縛しようとする卑しさを持ってるなんて、おまえには知られたくなかった。」
「どうしてですか?俺は嬉しいです。出張に行く前は俺ばっかり心配して、俺ばっかり離れる事を嫌がって…でも今はまだ、金塚さんが俺の気持ちと同じくらい、俺の事が好きじゃなくてもしょうがないって思ってたんですよ。俺が強引に気持ちを押したところがあるから余計に。だけど、金塚さんも俺みたいに誰かに嫉妬したり、自分がいない間に誰かに誑かされてないかとか不安になったり、傍にいない事を淋しいと思ってくれるなら、こんなに嬉しい事はない。なのに、どうしてそれを隠すんですか?」
「それは…」
言いかけて口を閉じる。
これを言った事で、冴島がどう思うのか、知りたくはない。
きっと悪い風には言わないし思わないのだろうが、それを知っていて言うのはずるい。
それに、結局自分の卑しさを知られたくない、というのが根底にある。
そう戸惑う金塚を見上げてくる視線は、金塚の言葉に期待とわずかな不安を滲ませているようだ。
「醜いって、思わないのか」
「…え?醜いって…何がですか?」
その言葉は冴島の思いもよらないものだったらしく、先程まであった期待や不安が今や呆気に変わっている。
そんな冴島に気付いてはいるが、金塚の勢いはもう止まらなかった。
「冴島にそんな気がないのも、周りの人にもその気がないのも分かってるんだ。でも、分かっているから納得出来るわけじゃないし、面白くないものは面白くない。だからって誰よりも俺を優先して欲しいというのも違う。ただ、今日の事は、やっぱり俺に一番に会いに来て欲しかった。俺はおまえに会いたかったのに、おまえはそうじゃないんだって思った。おまえが出張に行く前は嫌がっていた事も不安がっていた事も分かってるけど、だからこそ、最初に来てくれると思ったんだ。それなのに…」
そこでぐっと喉が鳴った。
吐き出される言葉に感情も引きずり出されていくようで、言葉が出なくなったのは涙が出てしまいそうだったからだ。
それを冴島は察したのかも知れない。
金塚の腰に回していた腕を解いて、金塚の頬へと手を伸ばした。
「それの何が醜いのか分からないんですけど、そんなに俺の事考えてくれてるなんて嬉しいの他にあります?」
「可愛い女の子の可愛い嫉妬とは違うんだよ。いい歳した男が嫉妬して、自分の感情を持て余すなんて誰が喜ぶんだ。」
「俺が喜びます。それに金塚さんは可愛い…というか綺麗だから、俺みたいなやつは大体喜びます。ついでに言うと、可愛い女の子でも嫉妬されたら面倒臭いと思う事はありますよ。だけど、金塚さんにはどんな風に嫉妬されても面倒な事なんてないし、むしろもっとしてほしい。俺と会えなかった事を淋しいと思ってくれたのも嬉しいです。俺は欲張りだから、金塚さんを愛してますけど、金塚さんにも愛してほしいんで。」
金塚の嫉妬を許すのは冴島の贔屓でしかないだろうが、それでも冴島さえいいと言うのなら本当はそれだけで十分だ。
他の誰に許されても、冴島に許されないのなら意味がない。
それに、冴島は金塚にも愛する事を求めてくれている。
冴島が一方的で献身的な愛情だけで満足しようとは思っていないのが、金塚にとっては嬉しかった。
もっとたくさん求めて欲しい。
金塚はそう思い、そして冴島もそう思っているのだ。
「俺が冴島さんに愛して欲しいって言うのも醜いって思いますか?」
金塚の欲望を醜いと呼ぶなら、冴島の欲求もまた醜いと呼ぶ原理になる。
けれど当然そんなわけはない。
分かっている。
分かっているが…となってしまうのはやはり金塚の性格なのだろう。
それでも「そんなわけないだろ」と答え、でもそうじゃないんだ、と心の中で云う。
「でもまぁ、俺たちはまだまだこれからですからね。これから少しずつお互いの事を理解していきましょ。」
そう言って微笑む冴島は、ここ数ヶ月で随分と大人になったように見える。
そうでなくても、はっきりと言える事は、恋愛については金塚よりも考え方が大人びているという事だった。
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