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「僕はその…もともとバイセクシャルなので、恋愛対象に性別は関係ないのですが、冴島…大河くんは、もともと異性愛者の人です。そんな彼をこちらに引き込んだのは僕なので、もしお母様やお父様が―」
「待って」
「え、」
金塚に向かって小さく細い手を付き出し、「待った」をかけた母親は、いかにも深刻な顔をして言った。
「依子」
「は…」
「お母様じゃなくて、依子って呼んで」
その言動に呆れた顔をしたのは冴島だった。
きっとこれまでの人生で何度もそういう場面を目撃してきたのだろう。
その顔には「またかよ…」という言葉が雄弁と張り付いていた。
「あの、えっと…よ、依子さんとお父様―」
「宏之だ」
なんとなく分かってはいたが、やはりそう来るのかと冴島に目くばせすると、その顔はついに感情を手放していた。
「えー…依子さんと宏之さんが」
「やだー!依子さんと宏之さんだって!可愛いー!」
「良いだろう大河!おまえの恋人が私たちの名前を呼んでくれてるぞ!」
「…そうだね」
もはやどこを見ているのか分からず空を見上げ、冴島は親の言葉に感情の無い返事を返した。
金塚もその気持ちはよく理解出来るので、自分の置かれた状況に疲れを感じながらも冴島を不憫だとも思った。
「それで?それで?私と宏之さんがなぁに?」
「…お二人が僕を許せないと言うのなら、その、罰は甘んじて受けようと思っているんですが…」
「そんなの大丈夫よぉ!それに罰ってなぁに?別に悪いことしてるわけじゃないのに罰なんておかしいじゃない!やぁね、もうそんな事考えてたの?紫さんったら可愛いわね!」
そう言うでしょうね…と心の中で金塚は思った。
途中でそんな事には気付いていたが、聞かないわけにもいかない状況になってしまったので聞いただけだ。
それにしても、このノリは一体なんなのだ…
金塚は何度も冴島に視線を送るのだが、冴島はこれまでの経験から両親の前では早々に感情を無にするというスキルを身につけてしまっているようだった。
金塚の心境としては、俺を一人にしないでくれ、だったのだが。
「他になにか聞きたい事は?」
そう楽しそうに聞いてきた依子に、金塚は「もう大丈夫です…」と音を上げた。
すると今度は依子が金塚に質問をしてきた。
「大河と紫さんはどこで知り合ったのかしら?」
「職場です。同じ職場の同じ部署で働いています。」
「まぁ、そうなの?職場恋愛ってやつね。いい~憧れる!それで、どっちから告白したの?」
「あ…それは…」
金塚が無意識に冴島を見ると、依子は「大河からなのね!」と何故か喜んでいた。
そう喜んでいる依子を見て宏之も幸せそうに微笑んでいる。
そこには愛情以外のものが存在していないのだが、金塚にとってはそれを微笑ましいと思えるだけの余裕がない。
「大河、えらいぞ。さすが私と依子さんの息子だな!」
そう褒める宏之に対し、目を合わせる事もなく「ありがとうございます」と土下座のようにお辞儀をする冴島がいて、あまりにも想像しえない親子関係にふつふつと笑いが込み上げてきた。
ふっ…と小さな吐息で笑うと、依子も宏之も、感情を捨てていた冴島も金塚を見た。
三人の顔は同じように瞠目していて、金塚にはその理由は分からなかったのだが、湧き起こる笑いは止められそうになかった。
「いつも皆さんはそうなんですか?」
金塚は笑いを噛み殺しながらそう聞いた。
依子はそれに優しく答える。
「そうよ。どうして?」
「こんな明るい親子がいるんだなぁと思いまして…」
「そう?紫さんのところはそうだったでしょう?」
「うちは…うちの両親は僕が小学生の頃に離婚しましたから。明るいとは言えなかったですね」
「あ…そうなの…ごめんなさいね」
「いえ、その分祖母には良くしてもらいましたから。両親が離婚した事を不幸だと思った事はなんですよ」
そう笑って答えるが、依子と宏之は神妙な顔を崩さなかった。
その顔を見て金塚は「言わなければ良かったかな」と少しだけ後悔した。
「知らなかった…そういえば金塚さんの家庭の事は何も聞いた事がなかったですね」
冴島も神妙にそう言うが、金塚にはそれほど重い話ではない。
「俺だって、冴島の家庭の事はそこまで聞いてなかったじゃないか。きっかけがないとなかなかな。それに、今どき両親が離婚しているなんて珍しい話でもないだろ?」
「それは、そうですけど…」
「ねぇ、ちょっと待って」
金塚と冴島の会話を遮ったのは依子だ。
このわずかな時間に依子には待ったを何度かけられるのだろうか。
金塚と冴島は同時に依子の方を向き、冴島が「どうしたの」と聞いた。
「どうしたもこうしたもないわよ。あなたたち、まさかお互いをまだ名前で呼び合ってないの?」
そう言われて金塚と冴島は顔を見合わせる。
「金塚さんって」
「冴島と」
二人が同時にそう言うと、依子は綺麗な顔をゆがませて「いい大人が何言ってるの!」と立ち上がる。
それには宏之も「落ち着いて」と声を掛けていたのだが、依子の勢いは収まらない。
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