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At the beginning.1
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インディゴの空が薄く明けていく。
早朝の冷たく凛とした空気が開けた窓のカーテンと窓際に立つアルベルトの髪をサラサラと流した。
「こちらでしたか…。少しは横になられた方がよろしいかと」
低く抑えたエドリオの声は、エリスの部屋にいたアルベルトに囁きかけるような優しい声色で耳に届く。
「さっきまで横になっていた所だ。だが……なぜだろうな、全く眠れなかったよ」
瞼を閉じれば最後に見たエリスの姿が浮かび上がり眠気を遠ざける。
"あいつは今頃どうしてる…?どこにいるんだ?"
そんなやり場のない想いが浮かんではアルベルトの脳裏を支配していく。
「ここの城壁は高い。あいつが城の外に出たのなら誰かが見ているはずだ。なのに何の証言も得られないとはどういう事だ?」
「……私には分かり兼ねます。あなたがどうしてそんなにあの青年を求めるのか…。彼は確かに美しい。ですが何の利得もなく、ましてや正体すら明確ではない」
「そんな事…お前に言われなくても分かっている…!」
どんなに抑えようとしても心が言う事を聞かず悶々としたジレンマが怒りを募らせる。
たかが一人のジプシー、しかも男だ。なのになぜ、こんなにも胸が焼けつく?
アルベルトを蝕んで離さない不可思議なこの感情に説明を付けられるのは恐らくエリス、彼一人だけだ。
「昨日の門番を連れて来い。俺が直接問い質す」
「今…ですか?」
「あぁ、今すぐだ!」
エドリオは殺気立つアルベルトに一礼すると部屋を後にし、明け方の静まり返った廊下を足早に歩きながら人知れず奥歯を噛み締めた。
「…らしくない」
それは誰に対しての言葉なのか。
いつでも柔らかい笑みを絶やさず誰に対しても横柄な態度を見せない彼は、この宮殿に仕える者達からの人望も厚い。
人目が無いにしろ、そんなエドリオがこうも感情を表して口にするのは本当に珍しかった。
「失礼します。皇子、連れて参りました」
勤務中だった門番を連れたエドリオが部屋に戻ると、その時を待ちわびていたアルベルトは突然押し迫る勢いでその兵士の胸ぐらを掴み上げる。
「ひっ!?」
「あいつが見つからなければお前の首を刎ねてやる。…今一度問うぞ。見慣れない者は居なかったか?」
「い…いえ…」
「覚えがないか?だったら嫌でも思い出させてやる──」
「お止め下さい皇子!私が彼から話を聞きましたが、怪しい者は誰一人見ておりません!」
門番の襟元を絞めるアルベルトを慌てて止めに入り、エドリオはその手を引き剥がした。
しかし彼は引き下がろうとはせず恐れおののく門番に尚も問い詰める。
「だったら怪しくない者はどうだ。昨日この宮殿に入り、昼以降にここを出た者の名は?」
「そんな無茶を…!昨日は参加国の役人達が何人も来ているのですよ!?」
「俺はエドじゃなくこいつに聞いてるんだ。そいつらの供としてここを出た可能性もある」
「あっ──」
二人の遣り取りを聞いていた門番は思わず声を漏らした。そして弾かれたように口を開く。
「隣国からの贈り物としてぶどう酒の樽が三つ運ばれて来たんです!ですがそいつら、その内の一つを荷車に積んで持って帰ろうとしていたので理由を聞いたら、"手違いで空の樽を一つ持ってきてしまった"と言っていました!」
「空の樽!?…確かにぶどう酒は献上品の中にありましたが、そのような報告は受けていません。妙ですね…」
「お前、その樽を運んできた奴の顔を覚えているか!?」
「はい!少し前からこの宮殿へ出入りするようになった者で、偽名かもしれませんが名前も分かります!」
「…よくやった。今すぐそいつの所在を暴き出せ」
「はっ!」
先程とは打って変わり勇ましい顔付きになった門番はすぐさま仲間の元へ戻った。
エリスの居場所が分かるかもしれない。
それは何の情報も得ていなかったアルベルトにとって朗報のはずだが、なぜか相変わらず彼の表情は重い。
「彼は……逃げ出すにしてもそのような方法を取るでしょうか?もしかすると──」
「──黙れ。それ以上は口にするな。お前も行け、何か分かり次第すぐに報告しろ」
「……分かりました」
エドリオを追い遣った部屋は再び静けさを取り戻しアルベルトは深く息を吐く。
その樽に入って宮殿を出たとして、もしそれが彼の意思ではなく別の誰かの意図なら…。
「エリス……」
言われようの無い不安がアルベルトの胸中を襲う。
それからどのくらいの時間が過ぎたか。彼の耳へ知らせが届いたのは、すっかり昇った陽が部屋の中に光を差し込んだ頃だった。
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