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春、眠れない
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確かに、その言葉に間違いは無かった。祐樹は大学入学後まもなくしてちょっとした人気者になれた。
もともとの素直な性格が周りに受けたのもある。しかしそれ以上に、幼い頃から英語を身近にして暮らしてきた同級生たちは英語慣れしていない祐樹を珍しがり、ずいぶんと親切にしてくれたというのが大きかった。
ただ、その頃から少しずつ劣等感に苛まれるようになった。同じ大学に通っていても、周りは大体が既に海外経験を持ち、流暢な英語やその他の言語を話す。外国に住んでいた頃の話題で盛り上がる。それに比べ自分は、日本語以外を使って生活した経験など皆無だ。
留学は一年生の秋から三年生の同時期までで、その間現地の大学に通うというものだった。寮かホームステイかを選択出来たので、値段の安いホームステイを選んだ。何枚もの書類に親子で署名した。パスポートは高校の修学旅行でシンガポールに行ったときのものがまだ使えた。
準備は着々と進んでいったが、直前まで実感が湧かなかった。
祐樹の出国日は百人以上いた同学科の生徒の中でもかなり遅い方だった。何人もの友人が先に旅立った。行き先の選択肢は、英語圏とその他のヨーロッパ諸国に加えてブラジルと中国。下手ではあるが祐樹はアメリカを選んだ。滞在先はオハイオ州にある小さな町に決まった。
出国前日に、当時22歳、大手企業に就職が決まったばかりの兄に泣きついた。うまくやる自信がない、怖い。
兄は笑った。お前なら出来るよ、と。それで当日は泣かなかった。家族全員が空港まで見送りに来た。普段は生意気な小学生の妹が、顔を真っ赤にして泣いた。お兄ちゃん、早く帰ってきて。
うん。軽く頷いた。祐樹が乗る便の保安検査が始まったので、家族と手を振って別れた。
一人になると心の中で何度も何度も呟いた。自分なら出来る、自分なら出来る。
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