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過去、嫌い
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白いモヤが、少しだけ晴れた。
どこかは思い出せないが、見覚えのある景色の中にいる。
沈んでゆく夕陽。洋風の建物が立ち並ぶ住宅街。
遠くに人影が見えた。
青年。
いや、少年と呼ぶべきであろう。線の細い顔立ちに、華奢な身体。
いくら近付いていっても、少年はこちらには気がつかない。
それが何故か、祐樹には分かっていた。
この街。
アメリカに渡ったから少しの間、祐樹が最初のホストファミリーと共に暮らしていた街。
目の前の、この少年。
アメリカに来て間もない、あの頃の祐樹。
何も知らず、見るものすべてが新鮮だった。何一つ、誰一人疑うことを知らなかった。
無垢な少年。
しばらく経つと完全に日が落ち、辺りは暗くなった。
少年は立ち上がり、歩き出した。
祐樹の記憶が正しければ、ホストファミリーの家とは反対の方向へ。
この後どうなるのか、彼は知らない。だが、祐樹のは知っている。思い出したくなくて忘れていた。しかし、思い出してしまった事実。
「待て、そっちへ行くな…!おい!…行くなって!」
そう叫んでも、少年には聞こえない。この街の誰にも、祐樹の声は届かない。
待て、待て、と縋り付くように少年の側で訴え続ける。
しかし、少年は足を止めない。祐樹には気がつかない。
お前、もう忘れたのかよ、と怒鳴る。
まだこちらの学校に慣れない祐樹を気遣って、何かと世話をしてくれていたクラスメイトに言われたことを。
『夜、一人で出歩くのは良くない。日本は治安のいい国だって聞くけど、そういう国ばかりじゃないってこと、忘れないで』
もし夜出かけたくなって、誰も一緒に行く人がいなければ、僕を呼んで。
あいつに連絡しろ、あいつを呼べ。誰にも聞こえない声で、ただひたすら喚いた。
意味もないのに。
途中、何人かとすれ違った。彼らは少年を見て眉をひそめた。
こんな時間に若い子が一人で何をしてるんだ、という風に。
日本人である少年は、現地の人間からすると実年齢よりも遥かに幼く感じられたのだろうか。
異国の少年はそれでも、ただ前を見つめて進む。
助けてやれよ、と思う。
ただ、一声かけるだけでいい。帰れ、って。危ない、って。
だって彼は、別に帰りたくないわけではない。特に行きたい場所があるわけでもない。
ただ、なんとなく歩いているのだから。
だから助けてやれよ、こいつを。
助けろよ。
助けてよ。
助けてくれよ、俺を。
だが、この街の誰にも、自分の声は聞こえない。
この街の誰にも、自分の姿は見えない。
こんな街、大嫌いだ。
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