アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
5
-
「んー!着いたぁ。」
甲府駅から再び電車に乗り換え、韮崎駅で降りてバスに乗る事30分…遥歩は、ようやく生まれ育った山梨県北杜市に到着した。
バス停の周りには見事に何もなく、ただただ広い畑が広がっている。
蝉の声がやけにうるさいのは、周りに木々があふれているからだ。
時刻は16時半を過ぎ、気温は高いが東京と比べるとまだ涼しい方である。
「久々だなぁ…相変わらず何もねぇ。」
そう呟き、思わず苦笑する。
傍に置いていたキャリーケースを再び手に取り、一台も車の通らないアスファルトの道を歩き始めた。
しばらく歩くと、北杜市の名物である広大なひまわり畑が見えてきた。
見事なまでに黄色一色の美しいこの風景に見惚れる観光客も少なくない。
久々にひまわり畑を目にした遥歩も、思わず足を止める。
「……。」
…昔、一度虎鉄をこのひまわり畑に連れて行こうとした事があった。
どうしても一緒にひまわりを見に行きたくて…。
…でも、虎鉄はいつものようにリードを持つ遥歩から逃げ、最終的に連れて行く事が出来なかった。
…あの時は、結局泣きながら一人でここに来たんだっけ。
「…虚しい事、思い出しちまったなぁ…。」
そんな記憶が蘇ったからか、ますます虎鉄に会いたくなった。
止めていた足を、再び動かす。
その足取りは明らかにさっきよりも軽く、少しだけ足早になっていた。
◎
見慣れた木造平屋。
無駄に広い庭。
玄関に続く石畳。
ここが…遥歩の住んでいた真野家である。
「だだいまー!」
ガラガラと音を立てながら、遥歩は玄関の引き戸を開けた。
キャリーケースから手を離し、靴を脱ごうとすると、奥の居間から母の奈緒子が顔を出した。
「あら、お帰り!早かったじゃない。」
奈緒子は黄色いエプロンを身に付けており、おそらく夕飯の支度をしていたのだろう。
何だかとても久しぶりに奈緒子の顔を見た遥歩は、自然と表情が緩み、ほっと安心した。
「親父は?」
「今、田村さんちに行ってるわ。」
「ギックリ腰なんだろ?安静にさせときなよ。」
「私が言ったって、言う事聞かないもの。あの人。」
「…はぁ…あの頑固じじぃは…。」
そう言って溜息を吐き、靴を脱ぎ終えると廊下に足を踏み入れた。
キャリーケースを持ち上げ、引き摺らないように運ぶ。
廊下を少し歩いて左の襖を開けると、そこは遥歩が高校生の時まで使っていた自室があった。
前と全く変わらないその部屋の隅に、キャリーケースを置く。
「勉強机…結局捨てなかったんだ。」
昔のままの焦げ茶色の勉強机を見ながら、遥歩は微笑した。
「…そうだ、虎鉄…!」
ずっと会いたかった愛犬のことを思い出し、すぐさま部屋を出る。
無意識に口元が緩んでいるのが、自分でもわかった。
バタバタと足音を立てながら居間に向かい、襖を開けた。
「母さん!虎鉄どこ?」
再び台所に引っ込んでいた奈緒子に、遥歩は尋ねた。
「虎鉄なら、婆ちゃんの部屋にいると思うわよ?」
「そっか、わかった!」
「……あっ!そうだ、虎鉄…!遥歩!虎鉄の事なんだけど…。」
そう言いかけた奈緒子の言葉を其方退けにし、遥歩は亡くなった祖母の部屋に向かった。
…虎鉄…帰って来たぞ…!
ずっと…ずっと会いたかった…。
この4ヶ月間…お前のことを忘れた日なんか…1日もなかった…。
…虎鉄……虎鉄……
「虎鉄!!」
そう名前を叫び、居間と同じ柄の襖に手を掛け、遥歩はそのまま勢い良く開け放った。
…開け……放ったの…だが……。
「……よぉ。帰ってきたのか。」
………。
……………。
……………………。
「………………あれ……?」
襖を開けた先には…あの愛くるしい虎鉄の姿はどこにもなく……。
…ただ…その代わりに…見知らぬ男が…畳の上で寝そべっていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
7 / 18